2019年11月20日水曜日

51 浜辺にて君を見送る

 それは二日後の早朝だった。
夜明けとともに起きだした俺が自室で髭をそっていたときのことだ。

ポーン♪
エクソシアスの剣の修理が完了いたしました。出現場所を指定してください。

 ついに終わったか。
すぐにでも出現させたかったけど、グラム様にもお披露目をしたかったので、少しだけ保留にして身繕いを急いだ。
グラム様は規則正しい生活を送るタイプだからもう起きているはずだ。
最近はかなり夜更かしになっているけど……。
昨晩もなかなか寝かせてもらえなかった。

 部屋のドアをノックするとすぐに返事があった。

「シローです。例の物の修理が完了しましたのでお見せしに来ました」

 部屋に招き入れられて気づいたのだが、室内の荷物はだいぶ整理されていた。
それはグラム様の出立の時期が迫っている証拠でもあるので少しだけ物悲しくなった。

「おはよう、シロー。それで剣はどこに?」
「今から出現させます。テーブルの上がいいでしょう」

 数枚の書類とペンだけが置かれたテーブル。
数日前までは製図用の定規やインク壺、白紙の紙の束、封筒、革表紙の日記帳、そんなものが置かれていたのに……。
テーブルから物がなくなるように明後日にはグラム様もこの島からいなくなるのだ。
胸を締め付ける苦しさを感じながら、エクソシアスの剣を出現させた。

 まばゆい光を放ちながら剣は出現した。
白銀の刀身、白亜の柄には金の装飾が施されている。
そして何より、並々ならぬ魔力の波動が剣から伝わってくるのだ。

「すごい……」

 感嘆するグラム様を見てこれを修理出来てよかったという実感がこみ上げてきた。

「シロー、本当に持っていってしまってよいのか?」
「かまいません。俺が持っていても役に立たないでしょう」

 これを使いこなすには相当な魔力が必要だろう。
俺が使えるのは創造魔法だけで、武器の性能を引き出すやり方なんて知らない。

「私はこれを帝国に報告する気でいるが……」
「グラム様のお好きなように」

 俺も真面目なグラム様が財宝を着服するなんて思っていないよ。

「そうか……ありがとう」

 グラム様は俺を抱きしめた。
少しだけだけど大胆になってきたじゃないか。
その程度の自信はつけてくれたんだな。

「グラム様が喜んでくださるのなら俺も嬉しいです」
「シロー……」

 グラム様が俺の手を握りしめた。

「シロー、やっぱり私と一緒にルルサンジオンへ行こう。暮らしの面倒は私が見るから」

 ここ数日で何度か交わされた会話をグラム様はまた蒸し返そうとしていた。

「そのことについては何度も話し合ったではないですか。部隊の長が規則を破ってどうするのですか? 俺は密航なんて嫌ですよ。それに妾になるのも嫌です。正室となる方の幸せを踏みにじってまで自分が幸せになろうなんて考えられません」

 グラム様は貴族だ。
身分的に俺とは結婚なんてできない。

「貴方の夫となる人を愛してあげてください」
「もう他の男など……」

 時は流れる。
良くも悪くも記憶は薄れ、いつかは不確かな、でも美しい想い出になるのだ。
その思い出の一つ一つが人生の慰めになるのだろう。
大粒の涙がグラム様の両目から零れた。

「それなら私がここに残る……」

 駄々っ子のようにイヤイヤをするグラム様を今度は俺が抱きしめなくてはならなかった。

「そんなことをしたら任務放棄で罰せられてしまいますよ」
「……」
「グラム様と過ごした日々は私にとって掛け替えのない宝物になりました。人間にとって幸福な想い出こそ、何よりも大切なものです。俺はグラム様と出会えて幸せでした」

 グラム様はしばらく俺の胸の中でじっとして、それからおもむろに体を離した。

「見苦しいところを見せた、すまん」
「朝食にしましょう。今朝はグラム様のお好きなホットサンドにしましょうね」

 そう言うとグラム様は少しだけ笑顔を見せてくれた。

 エクソシアスの剣を修理したせいで俺のMPはほぼ空っぽだ。
回復には20時間ほどかかる。
グラム様との別れを前に、心の方もぽっかりと穴が空いた気分だ。
作ったばかりのサングラスをかけて、海辺で釣り糸を垂れた。
本気で何かを釣り上げる気はない。
ただ磯の岩場に座って海の移ろいゆく様を眺めていた。
そんな俺をシーマたちがまん丸い目で眺めている。
白く泡立つ波、エメラルドグリーンの海、青い空、世界は悲しいくらいに穏やかで、美しかった。

 そして、あっという間に出立の日はやってきた。
桟橋で士官の一人一人と別れの挨拶を交わした。
中には感極まってハグをしてくる士官もいたけど、今日だけは特別に抱きしめ返した。
レインさんには俺の方からハグした。

「男将、本当に世話になった」
「こちらこそ。どうぞお体に気を付けて」

 レインさんとの挨拶が済むと、最後にグラム様と向き合った。
本当の別れは昨晩の内に済ませてあるけど、これが最後かと思うと名状しがたい感情が湧き上がる。

「グラム様……」
「うん……また会おう!」

 朗らかにそう言ってのけたグラム様が少しだけ逞しくなったような気がした。

「はい」

  俺も笑顔でこたえることができたよ。

 遠ざかるボートに大きく手を振る。
グラム様は口元に笑みを浮かべていたけど、かなり無理をしていたんだろうな。
俺は道具作製で新しいサングラスをセットした。
だって前に作ったものはグラム様にあげてしまったから。
目を真っ赤に腫らしていたから、かけてあげざるを得なかったんだよ。
あんな姿を部下の前にさらすわけにはいかないからね。

「さよなら」

 言葉にした瞬間に涙が溢れた。
でも大丈夫、ここには俺とゴーレムしかいないから涙を隠す必要もない。
白い砂浜に座って船が遠ざかる姿を見ながら思う存分、泣くことができた。


 宿泊客がいなくなると、急にやることがなくなってしまった。
今後のことはどうなるかわからないが、また連絡員がワイバーンで来ることになるそうだ。
地理に明るいミラノ隊長やリーアン、ルイスちゃんが来るだろうとグラム様は言っていた。

 抜け殻のようになってしまった俺だけど、予定通りシーマ4号を作製してゴーレム作製のレベルも上がり、新しいゴーレムを作れるようになった。

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作製品目:シリコン・ゴーレム スネーク型(Lv.1)
カテゴリ:ゴーレム作製(Lv.6)
消費MP 292
説明:蛇型のゴーレム。畑を荒らすネズミなどの害獣駆除に役立つ。狭い場所にも入れるので人知れずアイテム等を盗み出すことにも長けている。
作製時間:52時間
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 シリコン素材のゴーレムなんていうのもあるんだね。
畑の拡充は順調に進んでいるけど、ネズミには困っていたところだ。
ゴクウやワンダーを動員して蹴散らしていたけど、限界があった。
スネークシリーズを五体くらい作れば効果は大きそうだな。
スネーク型の名前はニョロにして、さっそくニョロ1号の作製をセットした。

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