2019年11月20日水曜日

69 白蛆

 シエラの風魔法で毒の粉を海側へ流して拡散させた。
やがてマスター・エルザが治癒士を伴って駆けつけてくるとセシリーだけじゃなくシエラも治療を受けていた。
普段と変わらない様子だったから、てっきりシエラはダメージを受けていないと思っていたけどそんなことはなかったのだ。

「大丈夫? 痛いところはない?」
「ヴァンパイアに毒は効きにくい」

 強がっていたけどダメージはあったのだろう。
普段のシエラならあそこでポルタを逃がさない。

「ポッポーは奴を追っているのだな?」
「うん、そのうち連絡が来ると思う」

 ポルタがどこかに潜伏したら戻ってくるはずだ。

 シエラの治療はすぐに終わったけど、セシリーの方は倍以上の時間がかかっていた。
初めの内は顔色も悪く、苦しそうに胸を押さえていたけど、治癒魔法のおかげで症状も改善してきたようだ。
頃合いを見計らってマスター・エルザがセシリーの近くに寄ってきた。

「災難だったね。どうだい、喋るくらいはできるかい?」
「ああ、問題ない」
「それにしても白蛆(しろうじ)とはね……本当なのか?」
「戦闘の途中で奴の服が破れて左腕のタトゥーが見えた。あれは旧ルウェイ王国の鉄羊兵団のタトゥーだ」
「証拠はそれだけ?」

 質問するマスター・エルザの表情は淡々としている。

「白蛆のタトゥーのことはアンタも知っているのだろう? 鉄羊兵団(てつようへいだん)はルルゴア帝国との戦争で壊滅している。あのタトゥーをしている人間はほとんど生き残っちゃいないさ……」
「あんた、ルウェイ王国の生き残りかい?」

 セシリーはマスター・エルザから視線を外して、過去を見遣るようにぼんやりと遠くを見た。

「昔の話さ。それに白蛆に直接会ったこともない。ただ、聞いていた特徴に完全に合致するんだよ。髪の色や毒を使うなんてところもね」
「うん……」

 マスター・エルザは腕を組んで考え込んでしまった。

 俺はずっと気になっていたことをセシリーに聞いてみる。

「白蛆ってなんなの?」
「白蛆は奴の見た目からついたあだ名さ」

そういえば蝋みたいな肌をしていたな。

「シローは奴の話を聞いたことがないのかい?」

 俺は異世界人だもん……。

「昔、ルウェイ王国という国があったんだ。4年前に帝国に併呑されてしまったけどね……。白蛆はその国の鉄羊兵団という部隊に所属していた兵士だったのさ」

 セシリーはぽつりぽつりと昔のことを話してくれた。

 鉄羊兵団は帝国との戦争末期に人員不足を補うために創設された、犯罪者で構成された部隊だったそうだ。
当然のごとく白蛆も犯罪者だった。

「あいつの犯罪歴は両親を惨殺したところから始まっている」

 幼い頃から父親に虐待を受けたとか、富裕な薬局の娘だったとかの噂はいろいろあったが詳しいことはセシリーにもわからない。
ただ、その所業はあまりにも有名だった。

「元は海賊だったアタシが言うのもなんだけどね、とんでもない女なのさ。奴は自分の親を皮切りに捕まるまでの1年の間に128人の人間を殺している」

 平均すると三日に一人は殺していたのか……。
こんな計算に意味はないけど考えてしまうんだよな。

「この数字だって奴が憶えていて自白した分だけだ。実際はもっと多かったのだと推測されている」
「でも、白蛆は結局捕まったんだよね?」
「ああ、当時は白蛆専門の捕縛チームが作られたくらいだった。アタシがまだ士官学校にいた頃のはな……いや、この話はいい。とにかく白蛆だ」

 自分のことはあまり語りたくないようだ。
セシリーは話を続けた。

「腕利きたちが集められて何とか白蛆を捕縛することはできた。取り調べも済んで公開処刑されることも決まっていたのだが、その前に戦争が起こってしまった」

 元から白蛆を鉄羊兵団に編入する予定があったわけではないのだが、様々な事情が重なって処刑は延期された。
白蛆は独房の中で生き永らえ、紆余曲折(うよきょくせつ)を経て処刑の代わりに最前線へ送られることが決定したそうだ。

「お国も滅茶苦茶だったのさ。新たに帝国兵を500人殺せばそれまでの罪を許そうってんだからね。まあ、お偉方は口約束のつもりだっただろうし、白蛆は激戦の中で死んでいくだろうと考えていたのだとは思う」

 だが、白蛆は戦争を生き延びた。
生き延びただけでなく戦後のどさくさに紛れて姿を消してしまったのだ。

「あれから四年経ったがまだ生きていたんだね……」

 白蛆はいろいろな国を渡り歩いていたらしく、様々な国で指名手配されているそうだ。

「とにかくやばいやつなんだよ……」

 大きなため息とともにセシリーは言葉を切った。
それと同時に治癒魔法も終わる。

 マスター・エルザは頭をボリボリかいて、苛立ちを隠そうともしなかった。

「まったく厄介なことになったね。ポルタが誰であれヴァンパイアの嬢ちゃんがてこずるほどの手練れってんだろう? そこいらの冒険者じゃ敵いっこないじゃないか」

 シエラとセシリーが二人掛かりで捕らえられなかったのだ。
ポルタはかなり手強い。

「追跡部隊を組織しなけりゃならんだろうけど、生半可な者を充てる訳にはいかないからねぇ……」

 マスターはシエラを見つめた。

「面倒ごとはごめんだぞ。今日は兄上を護衛していたから奴と戦っただけだ」
「その大事なお兄様を白蛆が狙ってきたらどうするんだい? あいつは狂っているんだ。しかもどういうわけか男ばかりをつけ狙う。この島にいる限り男将はいつだって見張られているかもしれないんだよ?」

 マスターも怖いことを言うな。
いくら俺が見せたがりの見られたがりでも、殺人鬼に覗かれるのは趣味じゃない。

バサバサバサッ

 闇の中から何かが飛び出てきたと思ったらポッポー2号だった。
びっくりしすぎてオシッコを漏らしそうになったじゃないか! 
すぐ近くにトイレはあるけど、あそこは殺人事件の現場となった場所だからあんまり近寄りたくないのだ。
まだ大丈夫だけど、そろそろ我慢が限界に近づきつつある。
あとでシエラにこっそりついてきてもらうことにしよう……。

 白蛆を追わせていたのは1号だけど、ゴーレム同士はある程度のコミュニケーションが取れる。
ひょっとしたら1号に頼まれてここへ来たのかもしれない。

「2号、もしかして1号に頼まれたの?」

 ポッポーは自分についてこいと言わんばかりに地面の上で跳ねだした。

「白蛆の潜伏先が分かったみたい」

 一同の間に緊張が走った。

「これはギルドからの正式な依頼だ。シエラ、セシリー、アンタたちについてきてほしい」

 生けるレジェンドでもあるマスター・エルザでさえ単独で乗り込むことに躊躇しているようだ。
ギルドの職員もいるけど、この二人ほどの技量はない。

「いいだろう、これも兄上のためだ」
「私も行くぞ。ケリをつけてやる」

 この三人が揃っていれば安心な気もするけど、俺はどうしよう。
シエラたちと別行動している間に白蛆が襲ってきたら……。

「男将さんは自分が守るっす」

 ミーナの気持ちは嬉しいけど、ちょっと心許ないんだよね……。
俺の不安を察したのかセシリーがシエラと相談を始めた。

「シローはどうする? ルージュとゴーレムが護衛についたとしても……」
「あいつが相手では少々不安が残るな」

 結局、俺はミーナやルージュに守られて小型船で沖合に避難することになった。

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