2019年11月20日水曜日

65 サバサンド

 求婚のために膝をついているセシリーの前を、ニョロが三匹通り過ぎて行った。
きっと、畑に水やりをしに行ったな……。
ちょっと間抜けな絵面だ。
微妙な空気が岩屋の前を包んでいた。

「セシリー、気持ちは嬉しいんだけど結婚なんて考えられないよ」
「でも、私にはそれしか……」

 カルチャーギャップなのかな? 
男の幸せは結婚と幸福な家庭にあるというのがこの世界のスタンダードな考え方なのかもしれない。
日本にもそういう人は結構いた。

「俺さあ、結婚願望とかあんまりないんだよね。するにしたって30過ぎてからでいいと思っているし」

 セシリーは驚いたように俺の顔を見上げる。

「わ、私ではシローに釣り合わないかもしれないけど……」

 やっぱり根本的な考え方が違うようだ。

「セシリーのことをどうこう言っているわけじゃないんだよ。セシリーは美人でスタイルもよくて真面目でいい女だと思うよ。結婚したら妻としての役割をきっちりと果たすタイプだとも思う」

 一緒に暮らした期間は短かったけど、治療の際に裸も見ているし、真面目な性格であることも覚えている。
あ、思い出したら少しオッキしてきた……。

「だけどさぁ、他の男の人は知らないけど、俺にとっては結婚がゴールってわけじゃないんだよ。それにレイプされたことによって自分自身の価値が下がったとも思わないし」
「それは……」

 俺のあけすけな態度にセシリーは言葉を飲み込んでしまった。

「セシリーがどう思っているか知らないけど、俺は童貞じゃないよ。セックス大好きだし、それなりに経験もある」

 クリス様やグラム様を相手にする時は7回/ワンナイトがデフォだったもんな……。
いや、4回/ワンモーニングもあったか……。
我ながら爛(ただ)れているなぁ。
魔法抜きでは考えられない数字だぞ。

「……」
「ジャニスのことは腹がたつし、あんな思いは二度としたくないけど、それでも人生に絶望をしているわけじゃない。だから、責任を取って俺を養うなんて考えなくていいんだよ」
「……」

 セシリーは無言のまま唇をかんでいた。

「ということは、シローさんは自由恋愛に生きる人なのですね!?」

 突然、見知らぬ女の子に声をかけられて面食らってしまった。
目がクリクリした子で、おさげにした髪とそばかすが印象的だ。

「誰、君?」
「自分はセシリーの姉さんとこの島へ来たルージュといいます。こう見えて隠れ巨乳です」

 いきなり何のアピールだよ?

「シローです……よろしく」
「その……地味な私ですがフィーリングさえ合えば、シローさんとワンナイトラブが楽しめるということですよね!?」

 確かに顔は地味だけどグイグイくる子だ。
しかも隠れ巨乳……嫌いじゃない。
むしろ好きかも。
ストライクゾーンの広すぎる自分が怖いくらいだぞ。
だけどね、衝動と理性は共存していて、大抵は理性が強かったりするのさ。

「いや、やっぱり愛のないセックスはちょっと……」

 もちろん嘘だけど。
たまには性欲だけに身を任せたい夜もある。(朝も昼もある)

「まあまあ。こう見えて自分は経験豊富ですよ。ずっと近所の未亡人(男)の相手をしていましたからね。魔法なしで男を骨抜きにするのもお手の物です! シローさんも私の手にかかれば……」

 外見にそぐわないビッチぶり! 
嫌いじゃないけど……。
と、こう思ってからふと考えた。
日本では女の人がセックスに奔放だと「ビッチ」だことの「ヤリマン」だことのと非難される。
逆に男の場合は許容される風潮だ。
「ヤリマン」の対義語が「ヤリチン」だったとして、ヤリマンは侮蔑的に扱われるのに対してヤリチンの方はどこか誇らしげに使われることさえある。
これまで特に意識してきたことはないが、これからは俺が差別の対象となるわけだと考え至った。
だったらなおさらキッパリと言っておかなくてはならないな。

「あのさ、確かに俺はスケベで、女の人が大好きだよ。でもね、信頼できる相手としか寝ないんだ。だから君とは無理だよ」

 ルージュは穴のあくほど俺を見つめていた。
それから腕を組んで深く頷く。
隠れ巨乳は嘘じゃないな……、腕を組めば真実は露になる。

「分かりました! シローさんの信頼を勝ち取ればいいのですね!」
「はい?」
「自分はシローさんとのアバンチュールのためにも、誠心誠意を尽くします!」

 アバンチュール(恋の火遊び)のために誠心誠意って、語の矛盾を感じるぞ。

「ふん、貴様風情が兄上の信頼を勝ち取るなど笑止千万」

 シエラが俺とルージュとの間に割って入った。

「むう、人の恋路を邪魔するのはよくありませんよ」
「片腹痛いわ、この色魔(しきま)め。我が魔法で氷漬けにしてくれようか?」
「私は恋の炎に身を焦がしたいだけです。おチビの氷はお呼びじゃないですよ」
「シロー、私の求婚はその……」
「ええい、口の減らない奴め!」
「シローさーん、私ならシローさんの×××に××を×××してあげますよ」
「なんと破廉恥な! 貴様のような奴をお兄様のそばに近づけるわけにはいかん」
「責任を取るというか……私はその……」
「じゃあ、貴方は××に×××ができるんですか?」
「それくらい容易いこと! 私なら××の穴に×××××だってできるわっ!」
「ぐぅ……。やりますね……」

 なんなんだよこのカオス……。
しかも混沌はそれで収まらなかった。
さらにこの場に冒険者のミーナが現れたのだ。
しかも全身ズタボロの姿で。

「シローさん、パーティーが全滅してしまいました!」
「だから責任を取るというのは言葉の綾というか……」
「だから×××の裏から××の方にかけて行ったり来たりを繰り返しましてね」
「所詮は小娘の浅知恵よ。××は××××する方が男は喜ぶ」
「私はインビジブルリングがあったおかげで何とか逃げ出して」

 全員が同時にしゃべっているから何を言っているのか全然わからない。
俺は聖徳太子じゃないんだぞ! と叫びたかったが、叫んだところで誰一人意味を理解しなかっただろう。

「ストーーーップ‼」

 大きな声でみんなを制した。

「まず、セシリー。もう気にしないで。それと、これからもよろしく!」
「うん……」
「次にルージュ。真昼間からセクハラはやめてくれ! ただでさえここは荒くれ物の女が多い。変な誤解を与えて殺到されても困る。お相手が欲しかったら商業区に娼館があるからそちらをあたってくれ」
「自分、プロのお兄さんは苦手です」

 こいつは悪びれるということがないな。

「とにかく君とそういう関係になる気はない。それからシエラ」
「なんじゃ?」
「本当にさっき言ってたこと俺にしてくれるの?」
「ふむ……シローが望むのならそれもよいが……」
「シエラのことは信頼しているけど、なんだかそういう関係にはなりたくない(今は)」
「うむ。私もシローにはお兄様でいて欲しいぞ」

 だったらシエラとはこれでオッケーだ。

「最後にミーナ。なにがあった?」

 ポケーっと俺たちのやり取りを聞いていたミーナだったが、俺の顔を見て用事を思い出したようだ。

「う……ううっ、また、パーティーが全滅しましたぁ。私はパーティー潰しの死神なのでしょうか!?」

 ミーナが組んだ臨時パーティーがまた壊滅したのか。
彼女は一緒に島へやってきた二人の仲間も失っている。

「ミーナが一人悪いわけじゃないさ。ほら、怪我の具合を見せて」
「怪我は治癒士に治してもらいました。おかげでまた財布の中身が1800レーメンになってしまいましたけど……」
「そっか……。でも、ミーナが生きてて本当に良かった! 今からサバサンドを作るんだけどミーナも食べる?」
「うう……いだだきばず」

 ミーナを優しくなでて立たせてあげた。

「セシリーたちも食べていきなよ。すぐに作るからさ」

 人間は飯が食えて動けるうちは何とかなるもんさ。
食えば力も湧いてくる。
俺は手を洗っていつものエプロンを身につけた。

  ♢

「はあ……ありゃセシリーの姉さんがイチコロになるわけだ。天然エロエロ男ですね」

 ルージュの言葉にセシリーは拳骨を食らわせた。

「シローをそんな風に言うな!」
「アテテ……。でもあのエプロン姿がたまらないですよ。ありゃあ一見清楚系のM男ですね。処女キラーですよ」
「そうなんす。シローさんは家庭的に見えてエロイんす。でも優しいエロスっす! 私の初めてはシローさんに捧げたいと決めているっす!」
「小娘が勝手なことをほざくな」
「いや~憧れを持つくらいいいじゃないですか? 年上の男将さんにリードされて処女を捨てるなんて最高のシチュエーションっす!」

 シエラは大きなため息をついたがそれ以上は何も言わなかった。
そして、異世界のガールズトークはサバサンドができ上るまで続けられるのだった。

 念のためにこれだけは特記しておきたい。
シローはモテているわけではない、ヤレそうと思われているだけだ。
少なくともシエラとセシリー以外には。
シロー自身もそのことはよくわかっていたので浮かれてはいなかった。

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