2019年11月20日水曜日

33 飴玉コロコロ

 やった! 
やった、やったよぉ! 
二人乗り作戦大成功! 
シルバーを2頭とも呼べば一人一頭ずつ乗れたんだけど、しれっと1号しか呼ばなかったのさ。
グラム様の体ってぷにぷにしていて気持ちがいい。
おっと、あんまりくっついちゃダメだよね。

「ここまで来ると海風が強くなって気持ちいいですね」
「うん」

 ダンジョンの入口は海岸にほど近い場所にあるのだ。

「今日もよく晴れてよかったですよね。やっぱり雨だと作業は大変になるんでしょう?」
「うん。降らない方がいい」

 さっきから俺だけが喋って、グラム様は短く答えるだけだ。
相変わらず口数は少ないけど、こちらを拒絶している感じではない。
それに、さっきフィギュアを持っていったら喜んでくれたんだよね。
夜中に作っておいて本当に良かったよ。
これから1か月の付き合いになるのだから、やっぱり仲良くしといた方が楽しくやれる。
それにさ、グラム様は自らの手で俺のフィギュアを帆船模型に乗せてくれたんだ。
この世界では船に男が乗るのは禁忌だから、模型でも半分諦めていたんだよ。
だけど「これは私の世界の私の船だから……」そう言ってくれた。
表情に笑顔はないんだけど、たぶんこの人は優しい人なんだなってその時にわかったんだ。

「そうだ、グラム様はバナナケーキはお好きですか? 今日は朝から焼いておいたんです。おやつの時間に食べましょうね。あっ、軍隊にもおやつの時間ってあるのかな?」
「休憩時間はある」

 それなら大丈夫だな。

「朝から甘い匂いがしていた」

 そうそう、バターと卵と小麦粉と砂糖の組み合わせって、焼くとなんであんなに幸せな香りがするんだろうね? 
そこにバナナが加わるとさらに甘い匂いになるんだよ。

「あの、お嫌いじゃないですよね?」

 グラム様はブンブンと首を振った。

「休憩時間が楽しみだ……」

 それならよかった。


 シルバーに乗って俺たちが現れると全将兵がこちらに注目していた。
グラム様と俺の組み合わせが意外だったようだ。


「作業を続けよ!」

 グラム様の言葉にみんなが慌てて仕事に戻っていく。


「ゴーレムで送ってもらったのだ」

 言い訳みたいにグラム様がレインさんに言っていた。
そんなのは見ればわかると思うんだけどね。
憮然としているグラム様を見て、レインさんはくすりと笑うだけった。

 作業はもう始まっていて、今は土魔法を使って祠の周りに穴を掘っている最中だった。

「グラム様、近くで見てもよろしいですか?」
「かまわんが、気を付けるように」
「は~い」

 兵隊さんの邪魔をしないように傍まで寄って見学した。
土魔法を使う兵隊さんたちは両手の平を大地について魔法を送り込んでいるようだ。
土が海のように波打っていて少しずつ片側に堆積していく。

「すごいなぁ……」

 近くにいた兵隊さんがチラッとこちらを見た。

「兄さんは魔法を見たことがないのかい?」

 初魔法はあそこをオッキさせるやつでした。

「そんなことないけど、こんなに大勢で土魔法を使っているのは初めてだよ」
「そうかい。見てな!」

 兵隊さんが気合を入れると一際大きな土の波が持ち上がり、大量の土砂が脇にどけられた。

「おお! すごーい!」

 小さく拍手をすると兵隊さんは鼻の頭をこすって照れている。
30代くらいのお姉さんなんだけど、力自慢というか魔法自慢の人らしい。

「バカ野郎、その程度で威張るなっての! お兄ちゃん、こっちのをよく見ててくれよ!」

 今度は違う人が手に魔力を込めて土魔法を使った。
さらに大量の土砂が脇に寄せられていくではないか。

「お姉さんも凄いなぁ!」
「へへへっ」

 それを皮切りに俺の周囲で魔法自慢大会が始まってしまった。
みんながみんないいところを見せようと頑張ってくれているのだ。
いつの間にか近くに来ていたグラム様とレインさんが満足そうに話していた。

「シローのおかげで作業がはかどりましたな」
「うん」

 異性にいいところを見せたいのは、ここの女も地球の男も大して変わらないんだな……。
なんだか兵隊さんたちを労いたくなってきた。
でも、今から100人分もの食べ物は間に合わないし……。
ちょっとしたおやつでもいいかな? 
こういうのは気持ちが大切だもんな。

「ちょっといってきます!」

 俺はシルバーに飛び乗ると急いで岩屋へと戻ってきた。

「イワオ、大鍋を火にかけて」

 イワオが用意した鍋に水、砂糖、水飴、塩を入れて煮詰めていく。
鍋の中の液体が色づき、沸騰の泡が大きくなってきたら火からおろし、用意していた氷水につけて粗熱を取る。
手で触れても平気なほど冷めたらこれを引き延ばして棒状にしていくのだ。
そう、俺が作っているのは「塩飴」だ。
熱い場所での作業は汗を掻き、塩分が不足してしまう。
ここの塩はミネラルも豊富だし、きっとみんなの助けになってくれることだろう。
隠し味にシトラスグラスのエッセンスオイルも入れておいた。
飴の引き延ばしはイワオが、棒状にして切っていく作業はゴクウたちが手伝ってくれた。
そして1時間くらいで大量の飴玉が出来上がっていく。
やっぱり11体のゴーレムに手伝ってもらうと作業も早いよね。
融けないように氷で冷やした入れ物に入れて作業現場へと戻った。


「ただいまぁ」

 うっすらと汗を掻いたグラム様と目が合う。

「うん」
「これを作りに帰っていたのです。グラム様、お一つどうぞ」
「これは?」
「塩飴です。汗を掻いた時には塩分を補給した方がいいと聞きました。これを食べれば元気が出ますよ。どうぞ」

 箱を上げて飴を勧めると、グラム様ははにかみながら一粒取り上げて口に入れた。

「美味しい。レモンの香り?」
「それはシトラスグラスで香りづけしたのです」
「そうか」

 コロコロと口の中で飴玉を転がしているグラム様が可愛かった。

「それにしても大量に作ったな」
「はい。兵隊の皆さんにも振舞おうと思いまして。……よろしいですか?」

 勝手なことをして怒られちゃうかな?

「そうか……ありがとう」

 グラム様のお許しが出たぞ。
まずは士官の皆さん、続いて各部隊のところへまわった。
一番最初は魔法を見せてくれたお姉さんたちのところだ。

「お疲れ様!」
「おう兄ちゃん、戻ってきたな!」
「うん。差し入れを持ってきたよ。塩飴って言うんだけど暑い日に食べると力が出るんだ」
「へぇ、悪いな。じゃあ一つ貰おうか」

 兵隊さんは土で真っ黒になった手を差し出した。

「手が泥だらけだよ。それじゃあ口の中に土が入っちゃうな。よし、口を開けて」
「口を?」
「うん。俺が放り込んであげるから。はい、あーん」
「お、おう……」

 照れながらも開けられた口に塩飴を優しく投げ入れた。

「美味しい?」
「お、おう……」

 周りの人がポカーンと俺たちを見ている。

「全員の分があるからね!」

 ざわめく兵隊さんたちに飴を配って歩いた。
ていうか全員の口に飴を放り込んだ。
だって、誰も手を出さずに口を開けていたんだもん。
飴はまだまだたくさんあったのでもう一巡しようかと思ったらレインさんに止められた。

「みんな男将が気になって作業が滞ってしまっている。これ以上は……」
「あの、帝国では飴玉って珍しいモノなんですか?」
「飴玉が珍しいのではない。男に何かを食べさせてもらうという行為が珍しいのだ。いや、珍しいというか普通はありえんことだぞ。幻想小説の中に出てくるレベルのお話だ」

 これがカルチャーギャップというやつか……。
地球でも人前じゃあんまりやらないもんな……。

「失礼しました。島育ちで常識がないものでして……」
「いや、男将に悪気がないのはわかっているのだが……」

 作業を遅らせるなんてグラム様とレインさんには申し訳のないことをしてしまった。
どうしよう……。
そうだ!

「でしたら、作業が終わったらまた配ることにしましょう。兵隊さん! 頑張ってくださいね。堀を作り終えたらまた飴を配りますからね」

 兵士たちのざわめきがさざ波のように広がっていった。
そして……。

「うおおおおおおおおお!」

 みんなが一斉に作業に取り掛かりだした。

「よかった。これなら作業の遅れを取り戻せますよね?」
「うん……」

 グラム様はあっけにとられたように俺を見ていた。

「そうだ、グラム様はもう一個飴を食べますか」

 一粒取って渡そうとしたが、グラム様は口をあけずに手の平を差し出してきた。
貴族のお嬢様は口を開けて待つなんてはしたないことはしないようだ。
それともシャイなだけ? 
でも、そんなグラム様を俺は好もしくも感じていた。

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