2019年11月20日水曜日

23 魔石

 早朝に小川へ行くと、顔を洗っているミラノ隊長がいた。
リーアンとルイスちゃんはまだベッドの中だ。
そばを通ったときに覗いたら、可愛い寝顔をして眠りこけていた。
リーアンはシャツ一枚の無防備な姿だったので、かなり心をかき乱されてしまったぞ。

「おはようございます」
「おはよう男将(おかみ)。今日も飛びやすい日になりそうだ」

 太陽は登ったばかりで空気はまだ少しだけ冷えているけど、空はよく晴れていてる。

「本日は帝都にお戻りですか?」
「ああ。ダンジョン発見の報告が最優先されるからね。今夜は我が家に帰れるかもしれないよ」

 ミラノ隊長は嬉しそうな笑顔を見せた。
働くお母さんは大変だな。

「久しぶりに息子さんに会えるのは楽しみですね」
「うん。たまには存在をアピールしておかないと母親の顔を忘れられそうで怖くなるよ」

 ミラノ隊長は子煩悩なママのようだ。

「ところで男将、今後のことなのだがな……」

 隊長は思案顔だ。

「おそらくだが、近いうちに調査隊がここへ派遣されてくるはずだ。規模は100人くらいにはなると思う」
「そんなに! あの……、うちは4人が定員なんです。大急ぎで準備すればもう少しは泊まれるようになるとは思いますが……」

 ゴーレムたちに丸太小屋でも作らせようか。

「ああ、宿泊場所は心配しなくていい。兵士たちは野営の天幕を持ってくるし、料理も自分たちでするはずだ。ただ、士官たちも数名いるから、その人たちが食事を欲しがるかもしれないんだ」

 それくらいなら用意できるだろう。

「昨日お出ししたようなものしかできませんよ?」
「充分だとも。昼飯も夕飯もとっても美味しかったよ。舌の肥えた上級士官でも文句は言わないと思うぞ。ちなみに私も一応上級士官なんだけどね」

 ミラノ隊長は騎士様だそうな。
ドラゴンライダーはエリートなのだろう。
ということはリーアンもエリートなわけね。
チャラくても優秀なのかもしれない。

「どうなるかはまた連絡が入ると思うが一応気に留めておいてくれ」
「わかりました。帝国の皆さんを歓迎できるように準備しておきます」
「それからな……」

 ミラノ隊長は不安そうに顔を曇らす。

「どうしました?」
「うん、派遣されてくる兵士たちは若い女が多い。中には男将にちょっかいをかけてくる奴もいるだろう。リーアンみたいにな」

 イエスッ! 
カマーン帝国兵。
俺は逃げない、受けて立つぜ! 
って、いつぞやのようにレイプは嫌だけど、リーアンレベルの女の子との駆け引きならどんとこいだ。

「気を付けて、なるべく身辺に注意してほしい。常にゴーレムを近くに置いておくようにしてくれ。私の方からも報告は入れておくから」
「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫だと思いますよ」
「いや、シローは隙が多すぎる。昨晩も夜中に風呂へ行っただろう? リーアンが覗いていたことには気がついていたようだが……」

 うん、見せてあげたんだもん。

「あれでは若い者は抑えが利かなくなる。風呂には壁を設けるようにしてくれ」

 でも、見られるのが快感になってきているんだよなぁ……。
特別に覗き穴を作っておいてあげよう。
俺の作る建造物は親切設計がウリなのだ!


 朝食も食べ終わりチェックアウトの時間になった。

「ご料金なのですが、自分は相場というものがわからないのです。一泊二食付きの料金というのはどれくらいのものなのでしょうか?」

 正直に相談した。

「そうだなぁ、一泊二食付きなら4000レーメンから6000レーメンくらいだが……」

 ミラノ隊長が教えてくれたのは高級ホテルではなく民宿のような施設の値段だ。

「自分なら6000レーメンでも常連になっちゃうなぁ。シローちゃんのところに通いつめちゃうよ」

 リーアン、ここはキャバクラじゃないんだから……。
でも、この言い方から察するに、6000レーメンというのは少し高めの設定なのだろう。
だったら5000レーメンでいいか。

「それでは一泊二食付きでお一人様5000レーメンいただきますが、よろしいでしょうか」

 三人はこの値段で納得してくれた上、お得感があるとまで言ってくれた。
とりあえずはこれでいいだろう。

「あっ」

 支払いをしようとしたルイスちゃんが情けない声を上げる。

「隊長、1000レーメン貸してもらえませんか?」
「どうした、金欠か?」
「いえ、魔石ならあるんですが、金の方は家に置いてきてしまって」

 魔石だと?

「魔石というのは?」
「魔石は魔力の結晶だ。モンスターの体内から出てくるものだな。マジックアイテムのエネルギー源になるので帝都では貨幣と同じように流通しているんだ」
「あの、魔石を見せてもらえませんか?」

 ルイスちゃんが取り出したのは金平糖くらいの大きさをしたガラス玉のような物質だった。
これが魔石か。
ゴーレムのエネルギー源にもなるんだよな。
だったらストックがあった方がいいと思う。

「えと、魔石でお支払いいただいても構わないですよ」
「それはよかったです。じゃあ、トリ魔石を二粒でいいかな?」

 魔石の大きさには等級があって、モノ、ジ、トリ、テトラ……といった具合にだんだん大きくなる。
モノは100レーメン相当、ジは500レーメン相当、トリは1000レーメン相当で流通しているそうだ。
ルイスちゃんは1000レーメン銅貨3枚とジ魔石2粒で支払いをしてくれた。

「ありがとうございます」

 ルイスちゃんが俺の手のひらに魔石を落としてくれた時だった。

ピンポーン♪
条件解放 薬品作製の使用が可能になりました。
条件解放 魔道具の作製条件の一部が解除されました。

おお! 
魔石に触れることが薬品作製の条件だったんだ。
しかも、魔道具なんてものまででてきたぞ。
これはルイスちゃんに感謝だな。

「ありがとう! すごく助かりました」

 思わずルイスちゃんの手を握りしめてしまった。
本当は抱きしめてキスしたいくらいの気持ちだ。

「おお? ずるいぞ! 私も魔石で払う」

 すでに支払いを済ませたリーアンが騒いでいる。

「あ、どっちでもいいですよ。初めて魔石を見たから嬉しかったんです」

 こっちにはついそっけない態度をとってしまった。

「じゃあ、もう手は握ってくれないのか……」

 しょんぼりとしているリーアンを見たら、なんだか可哀想になってしまう。

「手くらいなら、いくらでも握ってあげますよ」

 リーアンの手を優しく握ってやる。

「シローちゃん……」

 調子にのるといけないから、ウルウルしてくるリーアンは軽くいなしておいた。
そしてミラノ隊長に用意しておいた麻袋を渡す。

「隊長さん、これをお持ちになってください」
「これは?」
「お土産です」
「隊長だけ、ずるい! いいなぁ」

 リーアンはまるで子どもだ。

「隊長さんにというか、ご家族にです。中身はこの島で獲れたマンゴーとバナナ、それから珍しい貝殻が入っています。よかったら息子さんに差し上げて下さい」

 海岸で見つけた白地に青のストライプが入った綺麗な貝殻だ。
この島でも滅多に見ないので希少な物だと思う。
ミラノ隊長の息子さんは6歳だそうだから、こういうものでも喜んでくれるんじゃないかな。

「ありがとう。いい土産ができたよ」

 ミラノ隊長も嬉しそうにしてくれた。

遠ざかるワイバーンが見えなくなるまで手を振って見送る。

「ゴクウ、イワオ、忙しくなるぞ!」

 ゴーレムたちから返事は返ってこなかったけど、俺はやる気に満ちていた。

0 件のコメント:

コメントを投稿

70 追跡は終わり、奴はモンスターになった

 俺たちの乗った小型船はシーマたちに曳航(えいこう)されて島の沖合へでた。 これはもともとセシリーの仇敵であったジャニスの持ち物だ。 とはいえジャニスもどこからか盗んできただけのようだけど……。 とにかく今は俺のものになっていてあちこちに改装を施してある。 船体も「修理」...