2019年11月20日水曜日

63 商売繁盛

 ある日の夕方、シエラは岩屋の前の広場でゴーレム相手の戦闘訓練を行っていた。
その様子は宿泊客である冒険者たちも見ていたが、シエラはあえて見物客に見せつけるようにやっている。
不埒物(ふらちもの)にシローの宿の戦力を知らしめて、ここを襲う気を削いでしまおうという作戦だそうだ。

 シエラを相手に戦っているのはワンダー1号~3号、それからハリー1~2号までだ。
シエラなら全ゴーレムを相手でも互角に戦えるらしいが、あえて全貌を伏せるために他のゴーレムたちは脇で見学させるにとどめている。
五体のゴーレムを相手にシエラは宙を舞うように戦っていた。

「がんばれワンダー!」

 三体のワンダーが織りなすジェットストリームアタックは流麗だったけど、そのすべてをシエラは見切って避けていた。
ハリーの鉄針がシエラめがけて発射されたが、それもシエラは素手で打ち落としてしまう。

「なんて動体視力をしていやがる……」

 俺の横に立っていた冒険者が呆れたように呟いた。

「なあ、アイツをウチのパーティーにスカウトできないか?」

 これじゃあゴーレムの戦力を見せつけるというより、シエラの実力を見せつけていることにならないか? 
とはいってもウチの用心棒の力を宣伝するのも悪いことではないのだろう。

 すべての鉄針を打ち尽くしたハリー1号が俺のところへトコトコと駆けよってきた。
体中の針がない丸禿げ状態なので、その姿はよくわからない生物になっている。
失われた針は魔力を与える、魔石を食べさせる、修理する、のいずれかでまた生えてくる。
人目もあるので今は魔石を食べさせておいた。

 シエラはこれまでも冒険者パーティーに誘われていたが、本人はまったく興味がないようだ。
一日中岩屋の木陰に置いたハンモックで本を読んだり、俺と一緒に釣りに出たりして過ごしている。
店が忙しいときはブツブツ言いながら手伝ってくれたりもした。
もはやお客さんじゃなくてスタッフの一員のようになっているな。
普段は俺のことを「兄上」とか「お兄様」などと呼んでいるので冒険者たちは本当に俺たちが兄妹であると勘違いしているようだ。
どう見ても人種が違うだろう? 
そう思ったのだが、この世界は混血が進んでいて兄弟でも見た目が大きく違うなんてことはざらにあるらしい。
ルルゴア帝国が他民族国家を占領していった結果だと聞いて納得した。

 シエラとゴーレムの戦闘訓練は続いていたが、そろそろタイムリミットだ。

「シエラー‼ そろそろお店を開けるから訓練はそこまでにしてっ!」

 みんなあっけにとられて見ていたからもう十分だろう。
これまでだって店で俺のお尻に触ろうとした冒険者の手を氷漬けにしたり、売り上げを盗もうとしたシーフをハリーが釘付けにしたりと、シローの宿の実力はかなり広く知られているのだ。

「ほら、シエラも椅子を並べるのを手伝って」

 最近では岩屋の中だけでは足りなくて、晴れた日はビアガーデンよろしく屋外にテーブルを置いているのだ。
調理やサービスを担当するゴクウを二体も追加作製したくらい忙しかった。
冒険者も島のダンジョンに慣れてきたせいか順調に稼ぎを上げていると聞いた。
その反面、弱い人たちが死んでしまったという事実もあるのだが……。

「男将! もういいかい?」
「いらっしゃい! お好きなテーブルへどうぞ」

 常連になったガチムチ戦士お姉さん六人組が姿を見せた。
ぱっと見はバランスの悪そうなチームなんだけど、この島のダンジョンではトップクラスの成績を誇る優秀なパーティーなんだって。
一人一人が遠距離の弓攻撃から近接戦闘までをそつなくこなす優秀な人材らしい。

 気のいいお姉さんたちで、酔って暑くなるとすぐに裸になる癖があるところも大好きだ。
筋肉の上に乗っかっている胸もいいものだと思う。
いや、むしろ美しいと思う! 
俺のストライクゾーンは相変わらず広いのだ。
ただ、酔いが進み過ぎると俺のことを「お兄ちゃん」と呼び始めて、幼い口調になって甘えてくるところだけは引いてしまうのだが……。

「これお裾分け。きょうはコカトリアスが三体も狩れたからさ」

 マッチョお姉さんたちは大きなモモ肉の塊をくれた。

「ありがとう。これは焼き鳥にして後で持っていくからね」

 ゴクウに肉を渡すと、心得顔で調理場の方へ持っていった。
ゴクウもいっぱい学習していて、俺が細かく指示を出さなくても料理を作れるようになっている。
肉を切り分けて串打ちをするなんてお手の物だ。
焼き鳥は塩だけでなくタレも人気がある。
ジャパニーズバーベキューソースは異世界でも通用するようだ。

 続いてマスター・エルザがギルド職員の皆さんを引き連れて現れた。

「やあ、シロー。10人なんだけど席を頼む」

 珍しく団体さんでやってきたな。

「いらっしゃいませ。何かのお祝い事ですか?」
「そうじゃないさ。予定では明日辺りに次の船がやってくるからね。これからまた忙しくなるんだよ。皆には英気を養ってもらおうと思ってね」

 次の船が来るということは新しい冒険者がやってくるということか。

「まずは冷えた白ワインを貰おうか。食事の方は適当に頼む」
「承知しました」

 前菜にはエビとホタテのテリーヌを用意してある。
これは親父の得意料理だったんだよな。
こんな世界にやってきてしまったけど、料理をしていると家族のことを思い出す。
料理は好きだったけど妙な反抗心から実家のレストランでは働かずにサラリーマンになった。
兄貴もいたしね。
でも、本当は親父もお袋も俺に厨房を任せたかったみたいだ。
俺が異世界で料理をしていると知ったら、両親は喜んでくれるかな……?

「こんばんは」

 新たなお客がやってきて、ぼんやりしていた俺は我に返った。

「いらっしゃい!」

 父さん、母さん、俺は異世界でも元気で楽しく暮らしています。

   ♢

 モンテ・クリス島に新たな冒険者を乗せた船団が到着していた。
今回は642人の冒険者と72人の商工業者、3人の男娼がこの島に上陸する。
ちなみに前回の船でやってきた冒険者の内128名が既に死亡している。
また、この船で64名の冒険者が帰還することが決まっていた。

 盛んに荷下ろしがされている海岸の雑踏を縫って、二人組の冒険者が島に降り立った。

「へぇ……これが姉さんの言ってたダンジョン島ですかい」

 若いおさげ髪の女はきょろきょろと辺りを見回しながら大柄な女に声をかけた。

「ああ。アタシが見つけた時はダンジョンの存在は知られてなかったんだけどね。まあ、こうなっちまったら仕方がない。ギルドを通して仕事をするしかないね。さて……私は少し寄るところがあるから……」

 おさげはくりくりとした目を細め、ニヤニヤと笑った。

「ついに憧れのシローさんと感動のご対面ですか? ニクいですねぇ」
「バ、バカっ! そんなんじゃない。シローは私の命の恩人で……」
「はいはい、とにかくその人のところへ行きましょうよ。私も長い船旅でくたびれました。なんだかお腹がも空いてきたし。ねっ、セシリーの姉さん!」

 赤髪の女は不安そうに頷いた。
それから服を整え、髪に手櫛をいれる。

「お、おかしなところはないかな?」
「大丈夫ですって。だいたい男なんて大きな乳に目がないんです。姉さんの爆乳があればどんな男もイチコロですって」
「そ、そうか? だが、でかすぎる女は嫌われると酒場で聞いたぞ?」
「そんなの胸の小さい女のやっかみですって。シローさんだって姉さんの胸に喜んでむしゃぶりついていたんでしょ?」
「シローとはそんな関係じゃないと言ってるじゃないか! アイツとは……」
「はいはい、何でもいいから早く日陰に入りましょうよ。ここは暑くて死にそうです」

 女海賊セシリーは、冒険者として再びモンテ・クリス島の土を踏んでいた。

62 島にも人が増えまして

 商業地区に「トン テン カン」と鍛冶屋が鉄を打つ音が響いている。
新しい武器を作っているのではなく、すべて修繕のための鍛冶作業だ。
武器という物は、一度戦えばその都度ごとに洗浄や研ぎといったメンテナンスが必要になるそうだ。
微妙な切れ味の差が勝敗の行方を、もっと言えば装備者の生き死にをも左右することがある。
ダンジョン島の鍛冶師たちが忙しく働くのも無理はなかった。

 鍛冶師の一打ちごとに飛び散る火花は美しく、見ていて飽きない。
俺はしばらく立ち止まってクレイモアの修繕を眺めていた。
 熱せられた大剣が水につけられるとジュワッっと大きな音がして、水蒸気が壁のない小屋の中に広がる。
仕事に一段落したらしく大柄の鍛冶師がこちらを向いた。

「よお、兄ちゃんに見られていると気が散っていけねぇや」
「ごめんなさい」

 悪気はなかったのだが仕事の邪魔をしてしまったようだ。
鍛冶師はがっちりとした体つきのお姉さんで20代後半くらいの人だった。
長い髪を後ろでまとめていて、ノースリーブから伸びる腕は筋肉の塊のようにごつごつしている。

「何か用?」

 仕事中は厳めしい顔つきで怖そうだったけど、笑うと愛嬌のある人だった。

「そうじゃないんだけど、火花が凄くキレイで見とれてたんだ」

 お姉さんは困った顔をしながら持っていた槌を置いた。

「おいおい、人前でそんなことを言うもんじゃないよ、それともアンタ……」
「えっ、なに?」

 何を言っているのか意味の分からない俺を鍛冶屋さんは穴のあくほど見つめてきた。

「本当にわからずに言っているみたいだね……」
「俺、島育ちだから、常識とかあんまりないんだよね、変なことを言ってしまったんならごめんね」

 本当は島育ちじゃなくて、日本育ちだけど。

「そういうことかい。いいか兄ちゃん、覚えときな。火が好きな男って言うのは……淫乱と言われているんだよ」

 そうなの!?

「だから、普通の男は火事が好きとか、炉が好きとかは言わないもんだよ。そんなことを言えば自分はとんでもない好きものです、これからどこかへしけこみませんか、と言ってるようなものだからね」

 ところ変われば風俗も変わるんだね。

「うわぁ……本当に知らなかった」
「だからよぉ、さっきだって、てっきり兄ちゃんが私のことを誘っているのかと思っちまって……」

 ものすごい迷信と偏見だけど淫乱であることは外れてないかも……。
目の前のガテン系お姉さんだって、一晩限りのお相手なら全然ありだと思うし……。
腹筋とか触ってみたいかも。
でも、よく知らない人といきなりベッドインは怖すぎる。

「あはは、ごめんだけど、そのつもりはないです」
「やっぱりな!」

 鍛冶屋さんは豪快に笑って、その場はお開きになった。
たくさんの異世界人と触れ合い、書物を読んで、この世界のことも少しはわかってきたつもりになっていたけど、まだまだ知らないことはたくさんある。
毎日がカルチャーショックの連続だった。

 鍛冶屋のお姉さんと別れて目的の商店へと向かった。
もともと商業地区には小麦粉を買うために出向いてきたのだ。
創造魔法で作ってもよかったんだけど、今は道路に設置するための街灯を十本まとめて制作中だから余裕がない。
これは防犯対策という意味合いもあるんだけど、夜に店へやってくるお客さんへのサービスへの一環だ。
シローの宿は商業区から少し離れている。
お客さんは暗い夜道をわざわざやってきてくれるので、少しでも足元を明るく照らしてあげようと考えたのだ。

「いらっしゃい男将さん! 今日は何を差し上げましょうか?」

 顔なじみになった店のお姉さんがニコニコと接客してくれた。
島の男は男娼たちと合わせても六人しかいないので、みんな俺の顔をすぐに覚えてくれる。

「小麦粉を二袋ください」

 小麦粉の出番は多い。
肉や魚をソテーする時も塩をした後に表面に振りかけて使う。
こうやって焼くと小麦粉がうま味を閉じ込めてくれるのだ。
切り身の表面に振りかけるだけだから少ない量で済むと思うかもしれないが、毎日使っていればこれでなかなかの量になる。
フライや天婦羅などをする時も使うので1キロくらいならあっという間になくなってしまった。
最近ではシエラにクレープやパンケーキをせがまれることも多い。

「ここのところ泥棒も多いみたいだから気をつけてくださいね。金だけじゃなくて食料品も結構盗まれるんですよ」

 稼げない冒険者も出てきて、食べ物が盗まれているようだ。
そういえばマンゴーやバナナを取る冒険者の姿をよく見かける。
きっと食事代にも事欠いているのだろう。
最近では道路脇の果物は取りつくされて、すっかり目にしなくなってしまったほどだ。

「うちは用心棒やゴーレムがいるから大丈夫ですよ」

 先日も畑で盗みを働こうとした冒険者がワンダーに捕まった。
聞けば飢えに耐え切れずに盗みを犯そうとしたそうだ。
仕方がないのでお腹いっぱいご飯を食べさせた後にトイレ掃除と風呂掃除をしてもらったよ。
さすがに腹を減らした人を犯罪者だといってギルドに突き出すのは忍びなかった。
飢えの苦しみって相当なものだと思うもん。

 何軒かの店先を覗いて、新しい布を追加で購入してから帰ることにした。
今日は健康のために歩いてきている。
護衛にはワンダーとハリーを連れてきた。
以前は通行人なんかいない道だったけど、今ではすれ違う人もチラホラいる。
しかも七割以上の確率でエッチな視線を送ってくるから困ってしまうのだ。
まあ、人口は700人くらいになったけど男は6人しかいないから仕方がないのかもしれない。
異性に飢えてしまう気持ちはよくわかる。
ここではスマホでエッチな動画を見るというわけにはいかないのだ。

「男将さん!」

 前方から手を振って駆け寄ってくる冒険者がいた。
その姿は記憶に新しい。

「おっ、ミーナじゃないか」

 彼女はミーナと言って、先日うちの畑から野菜を盗もうとした女の子だった。

「どう、ちゃんと稼げている?」
「はい! おかげさまで最近は順調なんです。今度は客として男将さんの店でご飯を食べられそうです」

 ミーナはまだあどけなさの残る顔で満面の笑みを作っていた。
ボーイッシュな雰囲気が可愛らしい子だった。

「今日は潜らないの?」

 時間はまだ昼前だ。
ほとんどの冒険者はダンジョンを探索中だろう。

「今日は午前中に大物とぶつかりまして、かなりの実入りになったから解散になったんです」

 ミーナは特定のチームには所属しておらず、その日ごとにパーティーを組む流れの冒険者だった。
もともとは三人組でモンテ・クリス島にやってきたのだが、仲間たちはダンジョンで帰らぬ人となってしまったそうだ。

「それからこれ、この前ご飯を食べさせてくれたお礼です」

 おずおずと金属の指輪を手渡された。
鳩のような鳥が数羽連なった意匠が彫られている。

「ダンジョンで拾ったんですよ。ところどころ錆びていたけど、一生懸命擦ったから少しは綺麗になりました!」

 そう言って鼻の頭をこすっている姿は気のいいイタズラ坊主だ。

「掃除を手伝ってもらったから食事の代金はあれでチャラだよ」
「いや~、それじゃあ悪いっす! これは私からのプレゼントなんで」

 まだ財布に余裕はないだろうに、こうして借りを返そうとする姿がいじらしかった。

「ありがとう」

 あまりに可愛かったので思わずそのほっぺにキスしてしまった。

「わわわっ! シ、シローさん!」

 ビバ 異世界! 
日本だったら通報されてしまうけど、ここなら喜んでもらえるから不思議だよね。

「でもさあ、これをギルドの買取所に持っていけば少しはお金になるんじゃないの?」
「そうなんですけど、貰えて200レーメンがいいところですよ。それだったら男将さんにプレゼントした方がいいかなって」
「ん~、どうなんだろう」

 一見したところ、特に不審な点もない鉄の塊のような太い指輪だ。
あちらこちらで変色を起こしていて装飾品的価値は低いように見える。
指輪の内側には小さな記号が書かれていて、豆粒よりも小さな魔石が嵌められていた。
俺は鑑定魔法の代わりに修理魔法を発動してみた。

####

修理対象:インビジブルリング
説明:3分間だけ姿を消せるリング(使用回数は3回のみ。3/3)
消費MP:5
修理時間:4秒

####

 これは普通の指輪じゃなくてマジックアイテムじゃないか。
しかもマジック効果は修理の必要はないようだ。
4秒かければピカピカになるみたいだけどわざわざやる必要もない。

「ミーナ、これはマジックアイテムだよ」
「えっ!? マジっすか!?」

 ミーナにこのリングの効用を教えてあげた。

「ふわぁ……わからないものですね。それにしても男将さんって鑑定もできるなんてすごくないですか!?」
「そうじゃないけど……ちょっとは詳しいかな」

 俺はインビジブルリングをミーナの手に戻してやった。

「やっぱりこれはミーナが持っていた方がいいよ。売ればいい金になると思うし、万が一のために身につけておいてもいい」
「でも……一回あげたものを返してもらうなんて、女がすたるというか……」
「いいから、いいから。その代わり俺が困った時には力を貸してくれると嬉しいな」
「ん~わかったっす! その時はミーナが男将さんの力になるっす! とりあえずその籠を私が持ちます!」

 小麦粉や布の入った重い籠をミーナが持ってくれた。
遠くの方で雷の音が聞こえた気がする。
どうやらスコールがきそうな雰囲気になってきたので、俺たちは足早に岩屋へ戻った。

61 ニュー ムーブメント

 月日は進み、モンテ・クリスはすっかりダンジョン島の様相を呈してきた。
ギルドの建物をはじめとした各種商店も増えている。
もっとも、まともな建造物はギルド支部だけで、他の商店などは強い風が吹く度にギイギイ揺れるあばら家だ。
ここの気候は亜熱帯みたいだから壁板などを厚くする必要はなく、簡便な建物でも十分事足りた。
そしてギルド職員がやってきてから21日が経過した日、冒険者を乗せた最初の船がやってきた。

 やってきた冒険者の数は618人だった。
7隻の船に分乗して、食料などと一緒に運ばれてきている。
今後も追加の冒険者は運ばれ、魔石や素材が積まれた船が帝都へ戻っていくそうだ。

「一攫千金を夢見て集まった馬鹿どもさ。男将、初見のダンジョンに潜った時の生還率を知っているかい?」

 コーヒーを飲みに来たマスター・エルザに問われたが、知識の欠片もない俺に答えられるはずもない。

「88パーセントだよ。100人が潜っても12人が戻ってこない。そういう世界さ」

 618人がダンジョンに挑んでも74人くらいはすぐに死んでしまうというわけか……。

「それでもダンジョンに挑むんですね」
「それくらいにしか人生逆転のチャンスを見いだせない奴らなのさ」

 マスターも元は冒険者なのに辛辣(しんらつ)だった。

「まあ、このダンジョンの地下一階なら死亡率は下がるとは思うけどね」
「そうなんですか?」

 かなり手ごわいダンジョンと聞いているんだけど?

「ロッテ・グラムのおかげだよ。地下一階のトラップはすべて解除されているし、各所に安全地帯も用意してある。傾向と対策もよくまとめられているからね。実際のところ大した女だよ、あれは出世するね」

 褒められているのはグラム様だけど、俺は自分のことのように嬉しかった。

「さてと、そろそろ仕事に戻らないとね。あの馬鹿どもに訓示とやらを垂れなきゃならんのだよ」

 銅貨をテーブルの上に置いたマスターが立ち上がった。
マスターはすっかりここの常連さんになってくれている。
マスターだけじゃなくてギルドの職員さんたちが来ることもたまにあった。

「いってらっしゃい。また寄ってくださいね」

 マスター・エルザを見送りながら考える。
訓示か……、俺も一つやっておいた方がいいだろう。

 集まったゴーレムたちの前で俺は小さく咳ばらいをした。
シエラもその様子を見ている。

「あ~、諸君、毎日の労働ご苦労さん。いよいよこのモンテ・クリス島にも冒険者が大勢やってきた。そこでいくつか皆にも注意しておいてもらいたいことがある」

 最初に頭に浮かんだのは火の始末だった。

「人が増えるとそれだけ火事の危険度が上がる。不審な火をみたり、火事の惧(おそ)れがあるときはすぐに消火活動をしてくれよ」

 先日も商業区で火事が起こったばかりなのだ。
マスター・エルザとシエラの水魔法ですぐに消し止められたけど、二人が駆けつける前にかなりの備蓄が燃えてしまっていた。

「それから、先日のような事件がまた起こるかもしれない。みんなも十分気をつけてくれ」

 実は四日ほど前に俺はまたレイプされかけた。
相手は商業施設の建築に来ていた大工の一人だった。
こいつは俺専用トイレの中に予め潜んでいたのだ。
個人用といってもトイレの中は広く、清掃用具入れの棚も並んでいて、やつはその中に隠れていた。
尋問によると最初はレイプするつもりはなく、単にトイレをのぞき見しようとしただけだそうだ。
だけど俺が小をしている姿をみてムラムラが抑えきれなくなったらしい。
さすがにトイレの中にまでワンダーを連れて入ることはなかったので、このような事態に陥ってしまったのだ。
商売道具のノミを首筋に突き付けられて声も出せない状況だった。

「し、し、し、静かにしてろ」

 震える声と手で大工のレッカも緊張していることはわかった。
だけど、なにかのはずみで首筋のノミが皮膚を突き破ってくるかもしれないと考えると恐ろしくて動くことができなかった。

「す、すぐに済ますから……。だいたい、あんたが悪いんだぞ……そんな恰好で興奮させるから……」

 なんでやねん! 
服着たまんまでオシッコできるかーい!? 
って今ならつっこめるんだけど、その時にはそんな余裕はなかったね。背後から伸びたレッカの手で体をまさぐられながら身を固くすることしかできなかったよ。
ちなみにマイサンは固くならなかったけど。

「……ΞΞ〇Θ§Δ」

 扉の向こうから微かに詠唱が聞こえたと思ったら、レッカはもう凍り付いていた。
大きな音を立ててドアが外されシエラがトイレに入ってきた。
トイレを済ませておいて本当に良かったと思う。
そうじゃなかったらちびっていたはずだ。

「シエラ……」

 泣きそうになっている俺を見てシエラは頬を染めていた。

「早く服を着ろ。恥ずかしいではないか」

 そう言われて気が付いたけど俺は下半身が丸出しだった。

「そう思うんならガン見はやめろ……」
「す、すまん……」

 謝るだけで見続けてるし……。

「この人、死んだの?」

 氷漬けのようになっているレッカをつついてみると、冷たいだけでコチコチにはなっていなかった。

「寒さで気を失っているだけだ。フンっ、あそこは軽い凍傷にしてやったがな」

 なにそれ怖い。
あとで、すごーく痒くなりそうだ。
ようやく俺にも余裕が戻っていた。

 あれからトイレに入るにもワンダーやハリーを連れていくようになった。
まったく住みにくい世の中になったもんですよ。
用を足すだけなのに気を使わなくてはならないなんてひどい話だ。
冒険者の数が増えたらよからぬことを企む輩が出てくるかもしれない。
シエラだって年がら年中俺のそばにいるわけじゃないから気をつけないといけないな。

 そういえば、シローの宿は宿泊料金と食事料金を値上げした。
マスター・エルザやマダム・ダマスに懇願されたからだ。
うちのサービス内容で500レーメンとか5000レーメンだと誰がここに泊まるかで争いが起こりかねないと言われてしまったのだ。
ゴーレムたちがいるから労働力はかからないし、食費の原価だって創造魔法で作ったものなら0レーメンだ。
まともな商売をしていたらとても太刀打ちできないだろうと考えて、値上げの案を受け入れた。
食事は1500レーメンから、宿泊料金も12000レーメンからになった。
物価の高い帝都ルルサンジオンだったとしても高級ホテル並みの料金だそうだけど、こんなのでお客さんが来るのだろうか? 
だけど、そんな心配は杞憂だったようだ。

「ごめんよ!」

 シエラと長椅子でくつろいでいたら六人組のパーティーが入り口に現れた。
大柄な女戦士の集団だった。

「酒と食い物を頼みたいんだけど、やってるかい?」
「いらっしゃいませ! 今日は大きなカニが入っているから、焼きガニにしてアイヨリソースをつけて食べると美味しいですよ」

 アイヨリソースは卵黄、オリーブオイル、ニンニクなどで作るマヨネーズ系のソースだ。
魚介や肉、野菜につけても美味しい。

「そいつはうまそうだ! ビールと一緒に貰おうか」
「ビールは普通のにします? それともシローの宿特製の冷えたビールっていうのもありますけど」
「冷えたビール? 珍しいな。それじゃあ私はそいつを貰おうか」
「私は普通の奴で」

 次から次へと注文が入り、別のお客さんもやってきた。

「ワインを一本ちょうだい。それからフィッシュアンドチップスも」

 ゴクウと俺がフル稼働で働くけど手が足りない。

「シエラ、シーマに魚を取ってこさせて」
「な、なんで私が」
「俺はここを離れるわけにはいかないだろう。シエラならゴーレムたちも言うことを聞くようにしてあるし」
「それは、私が戦闘指導をするためであって……」
「優しい妹はお兄ちゃんの言うことを聞いてくれるもんだろ?」
「そんな言い方、ずるいぞ」
「あとでシエラのいうことを何でも聞いてあげるからお願い!」

 手を合わせて頼むとシエラは視線を逸らせてボソリと呟いた。

「それじゃあ、今夜は久しぶりに一緒にお風呂に入ってもらうからな……」

 店にいた客たちが急に黙ってじっとこちらを見ていた。

「あっ、この子は妹なんです。気にしないでください」
「お、おう……」

 苦しい言い訳だったな。
地球でも25歳のお姉ちゃんと14歳の弟が一緒にお風呂に入るのは一般的ではない。

「おい、私も急にお兄ちゃんが欲しくなってきたぞ」
「私もだ」
「いいよなぁ、お兄ちゃん……」

 マッチョな女戦士たちの間にいきなり訪れたお兄ちゃんブーム。
この世界の戦士たちは案外甘えん坊なようだ。

60 泣き上戸

 シルバーたちの引く馬車で来ていたので、マスター・エルザにも御者台へ乗ってもらった。

「他の方の到着を待たなくても大丈夫ですか?」
「あいつらが桟橋へ着くには後1時間はかかるよ。その前に島のあらましだけ見せておくれ」

 地図は頭の中に入っていても、実際に現地を見ないと詳しいことはわからない。
細々とした指示を出すためにも先に現地を視察したいというマスターの意向だ。
海岸から岩屋へと続く道の途中には兵士たちが使った宿営地がある。
まずはそこから見てもらうことになった。

 しばらく進むとイワオたちが隊列を組んで歩いている場面に出くわした。

「あれが報告にあった土木作業を手伝ってくれるゴーレムだね」
「そうです。私はイワオと呼んでいます」
「今はなにをやっているんだい? ただ歩いているようにしか見えないけど」

 マスターの見立て通りで、イワオは歩いているだけなのだ。

「私が頼んで道を歩いてもらっているのです」
「ああ、そういうことかい」

 マスターは俺の言いたいことをすぐに理解した。
気も短そうだけど頭の回転も速い人のようだ。
モンテ・クリス島の住人は俺だけだ。
たとえ道を作っても、人の往来がなければすぐに草が生え、踏み固められないまま崩れてしまう。
道というのは定期的に人が使ってこそ、その姿を維持できるのだ。
だからこれといった仕事のない時には、なるべくイワオを歩かせていた。

「調査隊が去って1か月になります。宿営地も少し荒れてきていますよ」
「それくらいなら問題ないさ。今日から人が住めばすぐに元通りになる」

 調査隊が宿営地にしていた広場にはギルドが経営する簡易宿泊所が建ち、商人などが店を出すそうだ。

「アンタにとっては商売敵になっちまうが……」
「気にすることはないですよ。どうせうちの客室は6部屋だけですから」

 もとから熱心に商売する気はないのだ。
それに駆け出しの冒険者は金を持っていない。
。一泊5000レーメンという金額は良心的ではあるが、それすらも払えない人はいっぱいいるとのことだった。

「簡易宿泊所の料金っておいくらなんですか?」
「大部屋の雑魚寝で500レーメンだよ。飯代は別だがね」

 ギルドの直営店が大衆店、俺の店は高級店として住み分けはできそうだな。
高級店というほどの値段ではないんだけどね。

 宿営地を見回った後はシローの宿も見てもらうことになった。
マスターエルザは好奇心にあふれた目で岩屋の周りを眺めまわしていた。

「へぇ! 風呂に酒に綺麗な個室か! こんな秘境で大したもんだよ」

 お褒めの言葉として受け取っておこう。

「ところで男将のところは宿泊と食事だけかい?」
「そうですが?」
「わかった。だったら他の者にはよく釘を刺しておかないとね」

 ああ、俺が体を売っていないかという意味か。

「そうしてください。好きでもない女に抱かれるのは嫌ですから」
「うん。手を出してくるような奴がいたらアタシがキッチリ型にはめてやるからね」

 心強いお言葉だ。

「まあ、腕の立ちそうな用心棒もいるようだから心配はなさそうだけどね」

 マスターはちらりとシエラを見る。

「シローに手を出すものは私が許さん。場合によっては焼き尽くす」
「原則私闘は禁止だよ」
「相手が引かぬ場合は?」

 マスターエルザはボリボリと頭をかいた。

「まったく血の気の多い奴ばかりで困っちまうよ。もう少しエレガントに生きられないもんかね?」

 俺に同意を求められても困るぞ。
だけど、このお婆ちゃんは嫌いじゃない。

「ホントですね。マスター・エルザを見習ってほしいものです」
「まったくだよ!」

 マスターは大まじめに頷いていた。

 アルバイト代が出るということで、その日は浜辺で荷物の積み下ろしを手伝った。
もちろん働くのはイワオとシルバーたちだ。
報酬は全て魔石にしてもらった。
ゴーレムが増えた分、エネルギー源である魔力を俺が直接送り込むのは非常に大変になってきている。
創造魔法で作りたいものだってたくさんあるので魔石はいくらあっても困るということはなかった。


 島についた船団の内二隻はギルドの船だったが、残りの一隻は商人の船だった。
海賊に襲われることを恐れて一足先にギルドの船と一緒にやってきたそうだ。
夕方になって、商人の何人かが挨拶にやってきた。
マダム・ダマスと名乗ったでっぷりと太った商人が島の商いの元締めだそうだ。

「うちは武器、道具、食料など何でも扱いましてね、宿屋や娼館もやるのでご挨拶にと伺ったのですよ」

 男の俺が相手でも丁寧な口調なのは、俺が中級臣民であると知っているからだ。

「それはご丁寧にありがとうございます。島でわからないことがあったらお気軽に聞いて下さいね」

 値踏みをするようなマダム・ダマスの視線を受けながら社交辞令の挨拶を交わした。

「ありがとうございます。こちらはウチの店の男たちですよ。ほらっ、お前たちもさっさと男将さんに挨拶しなっ!」

 そう言われて俺は絶句してしまった。
マダム・ダマスが連れてきた人たちの中に男が5人混じっているのは最初から気が付いていた。
この世界に来てから始めてみる男だ。
年齢は二十代後半から四十代くらいだと思う。
そんな……このバーコード頭のおじさんも男娼なのか? 
髭が濃いめで、少しお腹も出ている。
赤いテラテラのシャツが痛々しく見えた。

「まったく、むさくるしいのばかりで済みませんね。辺境に出稼ぎにくるのは薹(とう)の立ったこんなのばかりでして」

 稼げる人は街で客を取るということなのだろう。
悲しい現実を突きつけられてしまったよ。

「よろしくね」

 酒とタバコでつぶれた声でバーコードおじさんが挨拶してくる。
どことなく総務の吉田課長に似ている気がした。
シャツの胸元に見える胸毛が哀愁をさそっている……。

「こちらこそ……」

 男たち五人は総じて元気がなく、気怠そうにしていた。

「なんか、顔色が悪いけど大丈夫?」
「まあ、死にそうになったからね……」
「死にそうに?」

 詳しい話を聞いてびっくりした。
なんと、男五人は家畜と同じ部屋で運ばれてきたらしい。
一般にこの世界では船に男を乗せるのは禁忌とされている。
男が船に乗ると嵐に会うとか、座礁するとかいう差別的な迷信が実しやかにまかり通っているのだ。
実際のところは男を巡って船員同士が争うのを避けるためなのだろう。
だから普通は男を船に乗せることはない。
唯一の例外は奴隷などの商品として男を乗せる場合だ。
その時だけは男を家畜扱いすることで船に災いの及ぶことを防ごうとするそうだ。
同じ男として同情を禁じえなかった。

「すぐにこれを飲んで。体が楽になるから」

 俺は肌身離さず持っている収納袋から自分用にストックしておいたライフポーションを取り出した。
ライフポーションと言っても劇的に聞くような代物じゃない。
だけど、飲めば多少の体調不良なら軽減される効果はある。

「男将さん……」
「男同士、困っているときは助け合わないとね」

 俺がそう言うと五人の男娼の目に涙が浮かんだ。
そういえば吉田課長も飲むと泣き上戸になる人だったな……。

59 マスター・エルザ

 翌日、ルイスちゃんは俺の愛情がたっぷり詰まったお弁当を手に帝都ルルサンジオンへと帰っていった。
しばらく会えないと思うと寂しくなるが感傷に浸っている時間はない。
ギルド職員到着に備えて準備しなくてはならないことはたくさんあるのだ。

 新たなゴーレムの作製、ゲストハウスの改装などを日々精力的にこなした。
センスはない俺だけど、シエラがデザインを考えてくれたのでお洒落な仕上がりになった。
シエラのインテリアは簡素ながらどことなく品性と落ち着きがあるのだ。

「シエラってもしかしていいとこのお嬢様?」
「む……そんなことはない……」

 否定しているけど動揺が激しかったから、きっと良家の子女なのだろう。
本人は隠したがっているようだったから追及はしなかった。
でも、立ち居振舞いを見ればある程度わかっちゃうよね。
実家が客商売をしていたからそういうところは目敏いのだ。

 18日間も創造魔法に明け暮れたから俺のレベルはまた上がったぞ。

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創造魔法 Lv.13 (全カテゴリの製作時間が12%減少 クオリティアップ)
MP 2536/2536 (MP回復スピードアップ 2MP/分)
食料作製Lv.11 (作製時間22%減少)
道具作製Lv.10 (作成時間20%減少)
武器作製Lv.2 (作成時間3%減少)
素材作製Lv.8 (作製時間15%減少)
ゴーレム作製Lv.9(作製時間22%減少)
薬品作製Lv.5 (作製時間9%減少)
修理Lv.3 (作製時間5%減少)
魔道具作製Lv.5 (作製時間9%減少)
その他――

####

 レベルアップに伴う特筆すべきボーナスはMPの回復量が上昇したことだ。
これまでは毎分1MPの回復だったけど、今では2MP回復するようになった。
1日休めば2880回復してくれるので助かる。

 それから、しょっちゅうシエラのために血液を作製していたので薬品作製のレベルが上がっている。
ゴーレムもジャニスに破壊されたシーマを二体補充したり、新たなニョロを増産したおかげでレベルが上がり、新型のゴーレムを作り出せるようになった。

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作製品目:ウッドゴーレム ハリネズミ型(Lv.1)
カテゴリ:ゴーレム作製(Lv.9)
消費MP 178
説明:兵器用のウッドゴーレム。パワーと防御力はないが機動性に優れる。全身に生えた鉄針を飛ばして攻撃をする。全長40センチ。
作製時間:48時間
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 中距離攻撃特化型の兵器みたいだな。
木製のボディーに鉄の針が何本もついている。
針の長さは20センチ~12センチくらいでボールペンよりも太い。
砂浜で試し撃ちをしてみたけど、有効射程は50メートルくらいだった。
こいつにはハリーの名前を与えている。

「どう、シエラ?」
「私ならトゲを避けて踏みつぶせる」

 小さな胸を張ってシエラが威張った。

「シエラが強いことは知っているよ。客観的に見て実用に足りるかを知りたいの。変な奴とかモンスターを撃退できるかな?」
「そうよな……並みの相手なら問題なく倒せてしまうだろう。特にこいつは小さいから目立たない。死角から攻撃を受ければひとたまりもないはずだ。シローの犬と組み合わせれば戦術にも幅が出るだろう」

 犬ってワンダーシリーズのことね。

「だったらシエラがワンダーとハリーに戦闘を指導してよ」
「私が? そうよのぉ……」

 あんまり乗り気じゃなさそうだ。

「お礼はちゃんとするからさ」

 これからは流れ者や冒険者たちがたくさんこの島にやってくるのだ。
用心に越したことはない。

「お礼ねぇ……」
「何でも好きな料理を作ってあげるよ」
「ふーむ……」

 ダメか。

「じゃあ、好きなお酒を作製してあげる」
「酒ねぇ……」

 シエラはあんまり物に対する執着がないんだよなぁ。

「じゃあ……また兄妹ゴッコでもして遊ぶ?」

 あれから何回かそういう雰囲気に持って行こうとされてたんだけど、俺が渋っていたんだよね。

「ふむ……具体的に何をしてくれるか説明してくれ」

 何気ない様子を装っているけど食いついてきたな。

「そうだなぁ……今から肩車で岩屋まで連れて帰ってあげるでしょう」
「肩車……」
「それから、ご飯の時は優しくお給仕してあげる。望むんだったら食べさせてあげてもいいよ」
「そ、それで……?」
「寝るときは添い寝して、お話を聞かせてあげるよ。俺の故郷の昔話とか」
「……る」

 る?

「しゅりゅ。シエラ、お兄様のためにゴーレムを指導して最強のパーティーをつくりゅ!」

 やってくれる気になったようだ。

「ありがとうシエラ、今日のお昼はシエラの大好きなオムライスにしようね」
「うれしい!」

 2か月後には誕生日を迎えて43歳になるって言っていたけど、これでいいのかな? 
でも、シエラはこういう愛情に飢えているのかもしれない。
人間とヴァンパイアという差もあるだろうしね。
ここにいる間はなるべく優しくしてあげようと思った。

 岩屋へ戻るとシーマシリーズを除く全ゴーレムたちを集めた。

「みんな聞いてくれ。今日からこのシエラがお前たちの指導教官になるからな。シエラの言うこともちゃんと聞くように」

 これまでゴーレムたちはシエラの言いつけは無視していた。
だけどそれじゃあ戦闘訓練はできない。
これで言うことを聞くようになったかな?

「ワンダー1号、一歩前へ出ろ」

 シエラの命令にワンダー1号が前に出た。
どうやらシエラの言うことも聞くようになったらしい。

「これで大丈夫かな?」
「うむ。後はゴーレムの学習能力次第だ」

 ゴーレムたちはトライ&エラーを繰り返していろいろ憶えていくので大丈夫だろう。
それだからこそ学習したゴーレムを失いたくない。
修理で直せるものはきちんと直してやらないとね。
ただ、新しいゴーレムも古いゴーレムと接触することで学習内容を継承できるということがわかっている。
全滅さえしなければ憶えたことは受け継がれていくので使い勝手はどんどん良くなっているのだ。

 シーマシリーズも5号まで再編成して、今はジャニスの乗ってきた小型船を引っ張る練習をさせている。
こちらの方も日々上達しているようだ。
そろそろ島と島の間くらいなら航海ができるんじゃないかな。
ポッポーを探索に出して他の島を探させようと考えているところだ。
何があるかわからないから緊急避難的につかえる隠れ家にしたいんだよね。
そんな計画も密かに進行させていくつもりだった。

 さらに二日後、島を巡回中のポッポーが三隻の船団を見つけた。
ついにギルド職員たちを乗せた船が到着したようだ。
三日月海岸にでて沖の方を注視していると、小型船が海上に下ろされ上陸準備をしている様子がよく見えた。
あれこれと指示を出している大柄な女性が見える。
あれがマスター・エルザかな? 
顔はよくわからないんだけど、オレンジ色の髪の毛が南国の日差しを浴びて光っている。

 突然、マスター・エルザらしき人が舷側の上に飛び上がり……そこから海へと飛び降りた。
海に入ったのかと思ったのだがそうではない。
なんと、高速で海の上をこちらに向かって走ってくるではないか!

「右足が沈む前に左足を前に出しているのじゃ。せわしない移動法じゃのぉ」

 シエラは冷静に観察しているけど、そんなのはエリマキトカゲくらいしかできないことだからね!

バンッ‼

 砂浜から15メートルくらいの場所で、その人は思いっきり海面を蹴り、一気に浜まで跳躍した。
そして、俺の前にずいっと体を近づける。
ぎょろりとした大きな目玉で見つめられるとコチラの心の奥まで覗かれているような気分になった。

「アンタがシロー・サナダだね。アタシはエルザ・バーキンだ。ギルドの支部長を任された者だよ。話は聞いているね?」

 近くで見るとオレンジ色の髪の毛には白いものも混じっていたけど、とてつもない覇気をまとったおばあちゃんだ。
実年齢は70を超えるそうだけど、どう見ても50前くらいにしか見えない。

「はい。シロー・サナダです。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼むよ。さっそく島の案内を頼みたいんだがね」

 お茶などでのんびりもてなされるよりも、片付けるべきことを先に終わらせたいタイプと見た。

「それでは調査隊の兵士が使っていた宿営地、その後にダンジョンまでの道のりをご案内しましょう」

 マスター・エルザは俺を見て目を細める。

「ほぅ……、いいね。アンタみたいな男は嫌いじゃないよ!」

 マスター・エルザは満足そうに頷いて腕を組んだ。

58 モンテ・クリス島の今後

 朝食が終わるとルイスちゃんは居住まいを正して俺に数枚の書類を渡してくれた。

「こちらはロッテ・グラム様から頼まれました、シローさんの身分を保証するための書類ですよ」

 グラム様は俺が帝国から保護を受けられるよう、方々へ手を尽くしてこの書類を整えてくれたようだ。
彼女の親切を思うと涙が込み上げてきた。

「それからこちらはダンジョン調査への協力と貢献に対しての感謝状です。えと、シローさんは字を読めますか?」

 それならば心配ない。
この世界に送られた時にヒラメによって知識が授けられたようだ。
感謝状には俺を中級臣民として認めるなんて書いてあった。

「この中級臣民ってなんなんです?」

 ルルゴア帝国の国民は低級・中級・上級・貴族の四種類に分けられるそうだ。
階級によって就ける職業が異なったり、移動の制限などもある。
中級になると国内の関所も手形さえあれば通れるようになるし、職業選択の自由もある程度認められているそうだ。
もっともそれは原則的に女に限った話であって、男の権利はあまり認められてはいないのだが。
いずれにせよ自由平等が建前の日本国からきた俺にとっては堅苦しい世の中だと感じた。
中級臣民として認めるなんて言われても、民主主義世界出身の俺は軽い反発を感じてしまう。
でも、俺がいきがったところで世界は変わらないし、せっかくグラム様が俺のために考えてくれたことなら何も言うまい。

「ルイスさんはグラム様のことは何か聞いてる?」
「グラム様はこの度のダンジョン調査で失われた宝剣を発見した功績を認められて叙勲されましたよ」

 そっか、エクソシアスの剣が役に立ったんだな。

「上層部の覚えもめでたく、近々昇進されるなんて噂もあります」
「それはよかった。俺もあの方にはお世話になったから嬉しいよ」

  この先、会えるかわからないけど、きっともっと偉くなってしまうんだろうな……。

「今後のことですが、帝国はこの島のダンジョン管理を冒険者ギルドに委託することを正式に決定しました」
「やっぱりそうなったんだ」
「すでにギルド職員や職人を乗せた船は港を出発しています。今週中にはこの島に到着予定です」
「そんなに早く?」
「冒険者たちを受け入れる前にギルドの建物等を完成さておく必要がありますから。ダンジョン前に基礎工事だけが完成した兵舎があるでしょう?」

 俺もイワオを使役して手伝ったからよく知っている。

「あそこをギルドの建物に転用するそうです」

 物品の買取や治療所、地図の作製や、荷物の管理などがギルドの主な仕事になるらしい。

「ギルドの人は何人くらい来るの?」
「職員は15名くらいですが、今回は大工たちが30名同行します」

 突貫工事で建物を作るそうだ。

「この島もまたにぎやかになりそうだね」
「それだけじゃないです。帝国が正式に派遣するギルドとは別に、商人たちもこの島にやってくるみたいですよ」

 冒険者がくれば、ビジネスチャンスが生まれるというわけか。
食料品を運ぶ船や武器商、魔石の買取、男娼を束ねる元締めなんかも移動中らしい。

「うわぁ……治安が悪くなりそうで怖いなぁ」
「それは言えますが派遣されてくるギルドマスターは伝説のエルザ・バーキンです。彼女が目を光らせている限り問題は起こらないいと思います」
「そんなに凄い人なの?」
「今は高齢で引退しましたが元はS級の冒険者です。1分以内の短期戦なら未だに世界最強だなんて噂もあるくらいですから」

 なんか凄そうだ。
マスター・エルザか、どんな人なんだろう? 

「ルイスさんはマスター・エルザを見たことある?」
「はい。とても迫力があって、元気な方です。お年を感じさせない行動力が素晴らしいと思いました」

 フォースが使える緑色をした小柄な人を想像したり、ママと呼ばれる空賊の船長を想像したりしたけど、想像は千々に乱れた。
マスター・エルザは単にギルドマスターとしてこの島に赴任するだけでなく、警察権と行政権をもった総督代理になるそうだ。
やばい人間が権力を振りかざすのは不安だったけど、ルイスちゃんが言うには豪快で公平な人らしい。
とりあえずは自分の目で見て判断を下すしかないな。
同じ島で暮らしていけないと判断したら、どこか違う場所へ逃げるだけだ。
そのためにも失われたシーマたちを新たに作り出さなきゃいけないな。

 話が終わると仮眠をとるルイスちゃんをゲストルームへ案内してあげた。
昨晩は岩礁の上でうつらうつらしただけできちんとした睡眠はとれなかったそうだ。
くつろげるように俺のルームウェアを貸してあげた。

「寝ている間に洗濯をしておくから、ゆっくりと休んでね」
「はい……」

 俺のTシャツをきて身を縮ませているルイスちゃんが可愛らしい。
さっさと洗濯にとりかかるか。
今日は日差しが強いから午前中に洗濯ものも乾いてしまうだろう。

 ルイスちゃんの服を抱えて岩屋に戻ってくるとシエラがつまらなそうに話しかけてきた。

「あの娘に随分と親切じゃないか」

 ルイスちゃんのことでやきもちを焼いているのか?

「前からの知り合いだし、あの子は純真そうで可愛いだろう?」
「ふん、シローが処女好きのお兄さんとはな……」

 日本的に翻訳すれば童貞好きのお姉さんってこと? 
別にそういうわけじゃないんだけどな。

「つまらないこと言っていないでシエラも洗濯ものを出しなよ、洗ってあげるから」
「よ、よいのかの?」
「遠慮することないよ」

 実際に洗うのはゴクウたちだけどね。

 洗濯の指示を出してから畑の見回りに出た。
早朝の涼しいうちにニョロたちが水やりをしてくれたらしく、土はまだうっすらと湿り気を帯びている。
ヘビ型ゴーレムのニョロシリーズは害虫や害獣の駆除だけではなく、腹に溜めた水を口から畑にまくことも出来る。
イワオが桶に水を汲んできてニョロがそれを散水するというシステムができ上り、作物の育成も楽になった。
これからは人が多くなるので畑の規模をもう少し大きくしないとだめかもしれない。
もちろんモンテ・クリス島の面積では養える人間の数は限界がある。
食料は大陸の方から船で運ぶと聞いているけど、シローの宿に泊まるお客さんには新鮮な野菜を使った料理を食べさせてあげたいのだ。
シーマ、ニョロ、ポッポー(虫捕り)の数を増やさなくてはならないな。

 よく育った島ラッキョウを籠一杯に収穫した。
酢漬けのピクルスにしてもいいし、みじん切りにして肉のソースに加えたり、タマネギの代わりに刻んで卵やマヨネーズと和えてタルタルソースにしても絶品だ。
普通のラッキョウよりはずっと大きいのでフライにしてもホクホクで俺は大好きだった。
シーマに頼んでエビを取ってきてもらおうかな? 
今日のランチはタルタルソースをつけたエビフライなんてどうだろう? 
出張の時に名古屋で食べたエビフライはすごく大きくて、食いでがあって、食べ終わった後の満足感が素晴らしかった。
きょうはあんな大きなエビフライを作ってみたい。
他にはオクラ、ナス、ブロッコリーなどの夏野菜を使ったパスタがあればお腹もいっぱいになるだろう。

 ルイスちゃんは好き嫌いがないし、シエラも多分大丈夫だろう。
生の肉や魚以外は食べられると言っていた。
とにかく生の筋肉繊維が断ち切れる感触が生理的にだめだそうだ。
火を通してあれば全く問題ないというのだからよくわからない。
とにかく刺身やレアに仕上げた肉は厳禁といわれているから気をつけることにしよう。

 洗いあがった二人の服が風に揺れている。
ルイスちゃんは白で、シエラは黒のレース付き、後ろは紐状か……。
見た目は子どもなのにそんなところだけ大人なんだな……。
よし、エビ釣りに行こう!

57 朝シャン

 あくびを漏らしながら居間へ入っていくと、シエラが姿勢正しく椅子に腰かけていた。

「おはようシロー、爽やかな朝であるぞ」

 ヴァンパイアが爽やかな朝だなんて違和感を覚えてしまう。

「おはよう。シエラは朝日が平気なんだね」
「うん? 私を婆様扱いしないで欲しいな。今どきのヴァンパイアは日光くらい平気だぞ」

 そういえば昨日だって日中に活動していたもんな。

「俺の世界ではヴァンパイアは日光が苦手とされているんだよ」
「それは遮光魔法が開発されておらんからだ」

 今から300年くらい前に一人の天才ヴァンパイアが遮光魔法という画期的な魔法を開発したそうだ。
この魔法は自分の表面を薄い闇魔法のベールで包むことによってヴァンパイアに害をなす光を無害なレベルまで落としてしまうらしい。

「これによりヴァンパイアの活動時間は日中にも広がったのだ。もっとも、爺さん婆さんの中には、ヴァンパイアが昼に生きるのは恥ずべきことだなんてことを言う者も少なくはないがな」

 ヴァンパイアにも世代間ギャップがあるんだねぇ。

「じゃあ、シエラは今もその遮光魔法を使っているの?」
「いや、ずっと自分で魔法を使ってもいいのだが私はこれを使っている」

 そういうと、シエラは右手を差し出して見せてくれた。
手首には銀の蛇が巻き付いている意匠の腕輪がはまっていて、濃い紫をした宝玉がついていた。

「このアイテムを装着していると自動で遮光魔法がかけられた状態になるのだ」
「自動なら便利そうだ」
「最近では極限まで出力を落とした遮光魔法アイテムが流行っていてな。これを使うとヴァンパイアなのに日焼けができるという優れモノだ。私は趣味ではないので使わないが」

 なにそれ、見てみたい! 
ヴァンパイアなのに黒ギャルとかレア過ぎるじゃないか! 
もっとも俺の好みとしてもヴァンパイアは白い方がいいと思うけどな。
黒くて正義なのはエルフさんだと思う。

「ところでシロー、私も水浴びをさせてもらいたいのだが、よいかの?」
「うん。お湯もいる?」
「できれば欲しいのぉ」
「それじゃあ、すぐに用意するからね」
「ああ、火を焚く必要はない。私が魔法で沸かすゆえ鍋だけ用意してくれればいい」

 さすがは魔法が得意なヴァンパイアだ。
こういうところは手間がかからないお客さんなので助かる。
せめてタオルなどのリネン類はこちらで用意してあげることにした。

 イワオを使って大鍋を炉に整えて、水を汲ませた。

「オッケー。いつでもお湯を沸かし……」

 振り返るともうシエラは服を脱いでいた。
木々の隙間から漏れる朝のか細い光の中で華奢な体が青白く輝いている。
小さな胸の膨らみには不躾な視線からその場所を守るように銀の髪がこぼれ落ちていた。
外見は少女のようだから、見てはいけないものを見ているような背徳感を覚えて、俺は赤面してしまった。
なんだろう、この罪の意識は?

「どうした?」

 俺の態度を見てシエラは小首を傾げている。

「何でもない。鍋の中に水を入れておいたから、あとはお願いするね」

 どうしても気恥ずかしくて横を向いて立ち去ろうとした。

「待て」
「なに?」
「シロー……お主、照れているのか?」

 その指摘は当たっているかもしれない。
欲情するというより恥ずかしいのだ。
たぶん、シエラの裸が美し過ぎるせいだと思う。
その証拠にマイサンは無反応だもん。

「ふーん……ふふっ」

 シエラが小さく含み笑いを漏らした。

「なんだよ?」
「お兄様、シエラ、髪の毛にお湯をかけてもらいたいな……。洗うの手伝ってほしいの……」

 お酒が入ってないのにシエラのごっこ遊びがはじまった。

「もう酔いは冷めているんだろう。だったら……」
「状況に酔うてしまったのじゃ。無粋なことは言わずに少し付き合え」

 もう、しょうがないなぁ……。

「お湯をかけるだけだからね」
「うむ。それ以上は望まぬ」

 シエラが沸かしたお湯に、桶の中で少しぬるいくらいになるまで水を足した。
髪を洗うときは刺激を弱くするために低めの温度の方がいいそうだ。

「まずはお湯だけでよく髪を洗おうね」
「はい、お兄様」

 始めると俺もついノリノリになってしまうんだよね。

「ちゃんと洗えたかな? せっかく美しい髪をしているんだからきちんとケアしないとね。次はシャンプーを出すから手のひらをだして」

 差し出された手にツボからシャンプーを出してやった。

「これは何?」
「シャンプーと言って髪の毛を洗うための液体なんだ。手の中でよく泡立ててから髪につけてみて」

 シエラは言われた通り手のひらをこすり合わせている。

「いい匂い……」
「今日は特別にバラの香りのシャンプーだよ。他にもベリーやトロピカルフルーツの香りもあるんだ」

 グラム様はベリー、レインさんはラベンダーの香りがお気に入りだったな……。

「目に入ると沁みるから気をつけるんだよ」
「はい、お兄様」

 香り立つ薔薇に包まれて、俺はシエラのうなじからお尻へとのびる背骨のラインにぼんやりと見とれていた。
これで42歳か……。

「それじゃあ、お湯をかけて泡を洗い流していくよ」

 泡を含んだお湯が排水ルートに流れ、お風呂スライムたちがプルプルと嬉しそうに震えた。
スライムたちもバラの香りが好きらしい。

「うん、どこから見てもピカピカのお嬢様だ」
「ありがとう、お兄様」

 はにかむシエラを見ていると本当に優しい気持ちになってくるから不思議だ。

「頭を拭いてあげるからこっちに来て」
「いいの……かえ?」
「遠慮しないでおいで」
「お兄様!」

 嬉しそうに胸に飛び込んできたシエラを抱きとめて後ろを向かせる。
そしてバスタオルを使って丁寧に水分を吸い取っていった。

「髪の毛が傷まないようにそっと拭かないとね」
「お兄様、くすぐったいです。…………つ!」

 頬を赤らめて甘えていたシエラの表情が突然真顔に戻った。

「シエラ?」
「シロー、誰かが来たぞ。人の気配がする」

 来客だろうか? 
それともジャニスみたいな海賊の残党?

「どこにいるの?」
「もうすぐこちらへ現れる」

 少し緊張したけど、ここにはシエラをはじめワンダーも6号まで揃っているのだ。
恐れるものはなにもない!
……はずだよね?

 木陰から道の方を注視していると一人の女が歩いてきた。
その姿に俺は胸をなでおろす。

「ルイスさん」
「シローさん! お久しぶりです」

 現れたのは国土管理調査院のドラゴンライダーであるルイスちゃんだった。

「うわぁ……話には聞いていましたけどいろいろと立派になっていますね!」

 前にルイスちゃんが来たときは、岩屋しかなかったんだよな。
三人同時の入浴シーンが見たくて大慌てで岩風呂を建設したのはいい思い出だ。
ミラノ隊長、チャラ女のリーアン、そしてルイスちゃんが並んだあの浴場、あれがシローの宿の原点だったんだよなぁ……。
思い返してみるとしょうもない原点だ……。

「どうしたんですか?」

 懐かしさにエロスを漂わせておりました、とは言えない。

「久しぶりに会えたのが懐かしくて、当時のことを思い出してたんだ。ミラノ隊長やリーアンさんはお元気ですか?」
「はい。みんな元気にやっておりますよ。今回の連絡員は私に決まってしまったのでリーアンさんに凄く羨ましがられました」

 リーアンの様子が目に浮かぶようだ。

「ところで、こんな早朝に到着だなんて夜中に出発したの?」
「恥ずかしながら、実は道に迷ってしまいまして小さな岩礁の上で夜を明かしました。明け方になってようやく雲が切れて現在位置が特定できたので飛んできたのです」

 そういえば昨晩は曇っていたな。
GPSなんてないから、星や月の位置で現在地や方角を求めているのだろう。

「それは大変だったね。ご飯は食べた?」
「いえ。ずっとシローさんの料理だけを楽しみに飛んできました」
「たいへんだったね。すぐにご飯の用意をしてあげるからね」

 腕をサスサスしながら慰めてあげたら、ルイスちゃんは真っ赤になって照れてしまった。
この反応が可愛くて優しくて妖艶なオカミさんを演じちゃうんだよね。

「シロー、私の分の朝食も頼むぞ」

 それまでずっと俺とルイスちゃんのやり取りを見ていたシエラに声をかけられた。

「うん。すぐに用意するよ。そうだ、シエラにはちょっとお願いがあるんだ」

 セットしていた血液があと7分で完成するのだ。
出来たら小分けにして冷凍してもらわなくてはならない。
それが終わったらパンを作製しよう。
レベルが上がったおかげで、いまや1個44秒で作製できるから、食パンをトーストするより早いぞ。

「ゴクウ4号、コユキの乳を搾ってきて。3号は卵の確認ね。5号と6号は家畜の餌やりにいって。1,2号は俺と一緒に朝食の準備だ」

 いよいよ一日が動き出した。
ルイスちゃんは帝国からの連絡を持ってきたのだろう。
朝ご飯を食べ終わって落ち着いたら話があるに違いない。
帝国は何と言ってきたか気になるところだ。
グラム様の提言を受け入れて一般開放するのかな? 
それとも新たな調査隊が派遣されるのか。
ドキドキしながらエプロンの紐を結んだ。

70 追跡は終わり、奴はモンスターになった

 俺たちの乗った小型船はシーマたちに曳航(えいこう)されて島の沖合へでた。 これはもともとセシリーの仇敵であったジャニスの持ち物だ。 とはいえジャニスもどこからか盗んできただけのようだけど……。 とにかく今は俺のものになっていてあちこちに改装を施してある。 船体も「修理」...