2019年11月20日水曜日

58 モンテ・クリス島の今後

 朝食が終わるとルイスちゃんは居住まいを正して俺に数枚の書類を渡してくれた。

「こちらはロッテ・グラム様から頼まれました、シローさんの身分を保証するための書類ですよ」

 グラム様は俺が帝国から保護を受けられるよう、方々へ手を尽くしてこの書類を整えてくれたようだ。
彼女の親切を思うと涙が込み上げてきた。

「それからこちらはダンジョン調査への協力と貢献に対しての感謝状です。えと、シローさんは字を読めますか?」

 それならば心配ない。
この世界に送られた時にヒラメによって知識が授けられたようだ。
感謝状には俺を中級臣民として認めるなんて書いてあった。

「この中級臣民ってなんなんです?」

 ルルゴア帝国の国民は低級・中級・上級・貴族の四種類に分けられるそうだ。
階級によって就ける職業が異なったり、移動の制限などもある。
中級になると国内の関所も手形さえあれば通れるようになるし、職業選択の自由もある程度認められているそうだ。
もっともそれは原則的に女に限った話であって、男の権利はあまり認められてはいないのだが。
いずれにせよ自由平等が建前の日本国からきた俺にとっては堅苦しい世の中だと感じた。
中級臣民として認めるなんて言われても、民主主義世界出身の俺は軽い反発を感じてしまう。
でも、俺がいきがったところで世界は変わらないし、せっかくグラム様が俺のために考えてくれたことなら何も言うまい。

「ルイスさんはグラム様のことは何か聞いてる?」
「グラム様はこの度のダンジョン調査で失われた宝剣を発見した功績を認められて叙勲されましたよ」

 そっか、エクソシアスの剣が役に立ったんだな。

「上層部の覚えもめでたく、近々昇進されるなんて噂もあります」
「それはよかった。俺もあの方にはお世話になったから嬉しいよ」

  この先、会えるかわからないけど、きっともっと偉くなってしまうんだろうな……。

「今後のことですが、帝国はこの島のダンジョン管理を冒険者ギルドに委託することを正式に決定しました」
「やっぱりそうなったんだ」
「すでにギルド職員や職人を乗せた船は港を出発しています。今週中にはこの島に到着予定です」
「そんなに早く?」
「冒険者たちを受け入れる前にギルドの建物等を完成さておく必要がありますから。ダンジョン前に基礎工事だけが完成した兵舎があるでしょう?」

 俺もイワオを使役して手伝ったからよく知っている。

「あそこをギルドの建物に転用するそうです」

 物品の買取や治療所、地図の作製や、荷物の管理などがギルドの主な仕事になるらしい。

「ギルドの人は何人くらい来るの?」
「職員は15名くらいですが、今回は大工たちが30名同行します」

 突貫工事で建物を作るそうだ。

「この島もまたにぎやかになりそうだね」
「それだけじゃないです。帝国が正式に派遣するギルドとは別に、商人たちもこの島にやってくるみたいですよ」

 冒険者がくれば、ビジネスチャンスが生まれるというわけか。
食料品を運ぶ船や武器商、魔石の買取、男娼を束ねる元締めなんかも移動中らしい。

「うわぁ……治安が悪くなりそうで怖いなぁ」
「それは言えますが派遣されてくるギルドマスターは伝説のエルザ・バーキンです。彼女が目を光らせている限り問題は起こらないいと思います」
「そんなに凄い人なの?」
「今は高齢で引退しましたが元はS級の冒険者です。1分以内の短期戦なら未だに世界最強だなんて噂もあるくらいですから」

 なんか凄そうだ。
マスター・エルザか、どんな人なんだろう? 

「ルイスさんはマスター・エルザを見たことある?」
「はい。とても迫力があって、元気な方です。お年を感じさせない行動力が素晴らしいと思いました」

 フォースが使える緑色をした小柄な人を想像したり、ママと呼ばれる空賊の船長を想像したりしたけど、想像は千々に乱れた。
マスター・エルザは単にギルドマスターとしてこの島に赴任するだけでなく、警察権と行政権をもった総督代理になるそうだ。
やばい人間が権力を振りかざすのは不安だったけど、ルイスちゃんが言うには豪快で公平な人らしい。
とりあえずは自分の目で見て判断を下すしかないな。
同じ島で暮らしていけないと判断したら、どこか違う場所へ逃げるだけだ。
そのためにも失われたシーマたちを新たに作り出さなきゃいけないな。

 話が終わると仮眠をとるルイスちゃんをゲストルームへ案内してあげた。
昨晩は岩礁の上でうつらうつらしただけできちんとした睡眠はとれなかったそうだ。
くつろげるように俺のルームウェアを貸してあげた。

「寝ている間に洗濯をしておくから、ゆっくりと休んでね」
「はい……」

 俺のTシャツをきて身を縮ませているルイスちゃんが可愛らしい。
さっさと洗濯にとりかかるか。
今日は日差しが強いから午前中に洗濯ものも乾いてしまうだろう。

 ルイスちゃんの服を抱えて岩屋に戻ってくるとシエラがつまらなそうに話しかけてきた。

「あの娘に随分と親切じゃないか」

 ルイスちゃんのことでやきもちを焼いているのか?

「前からの知り合いだし、あの子は純真そうで可愛いだろう?」
「ふん、シローが処女好きのお兄さんとはな……」

 日本的に翻訳すれば童貞好きのお姉さんってこと? 
別にそういうわけじゃないんだけどな。

「つまらないこと言っていないでシエラも洗濯ものを出しなよ、洗ってあげるから」
「よ、よいのかの?」
「遠慮することないよ」

 実際に洗うのはゴクウたちだけどね。

 洗濯の指示を出してから畑の見回りに出た。
早朝の涼しいうちにニョロたちが水やりをしてくれたらしく、土はまだうっすらと湿り気を帯びている。
ヘビ型ゴーレムのニョロシリーズは害虫や害獣の駆除だけではなく、腹に溜めた水を口から畑にまくことも出来る。
イワオが桶に水を汲んできてニョロがそれを散水するというシステムができ上り、作物の育成も楽になった。
これからは人が多くなるので畑の規模をもう少し大きくしないとだめかもしれない。
もちろんモンテ・クリス島の面積では養える人間の数は限界がある。
食料は大陸の方から船で運ぶと聞いているけど、シローの宿に泊まるお客さんには新鮮な野菜を使った料理を食べさせてあげたいのだ。
シーマ、ニョロ、ポッポー(虫捕り)の数を増やさなくてはならないな。

 よく育った島ラッキョウを籠一杯に収穫した。
酢漬けのピクルスにしてもいいし、みじん切りにして肉のソースに加えたり、タマネギの代わりに刻んで卵やマヨネーズと和えてタルタルソースにしても絶品だ。
普通のラッキョウよりはずっと大きいのでフライにしてもホクホクで俺は大好きだった。
シーマに頼んでエビを取ってきてもらおうかな? 
今日のランチはタルタルソースをつけたエビフライなんてどうだろう? 
出張の時に名古屋で食べたエビフライはすごく大きくて、食いでがあって、食べ終わった後の満足感が素晴らしかった。
きょうはあんな大きなエビフライを作ってみたい。
他にはオクラ、ナス、ブロッコリーなどの夏野菜を使ったパスタがあればお腹もいっぱいになるだろう。

 ルイスちゃんは好き嫌いがないし、シエラも多分大丈夫だろう。
生の肉や魚以外は食べられると言っていた。
とにかく生の筋肉繊維が断ち切れる感触が生理的にだめだそうだ。
火を通してあれば全く問題ないというのだからよくわからない。
とにかく刺身やレアに仕上げた肉は厳禁といわれているから気をつけることにしよう。

 洗いあがった二人の服が風に揺れている。
ルイスちゃんは白で、シエラは黒のレース付き、後ろは紐状か……。
見た目は子どもなのにそんなところだけ大人なんだな……。
よし、エビ釣りに行こう!

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