「ごめんね、今はこれしかないんだ。同じ量を作るにしても40分くらいはかかってしまうんだよ」
「さようか。美味なるものなれば手間がかかるのは当然のこと。致し方あるまい」
なんか口調が変わっていませんか?
「食事でもしながら待っていてもらえば、もう一杯用意するけど」
「うむ、そのように取り計らってくれ」
血を飲んだとたんにシエラは生気に満ちて、快活に話すようになってきた。
喋り方はちょっと変だけど……。
「シロー」
シエラが指を動かしただけで旅行鞄がひとりでに動き、パカリと開く。
「中に青い革袋が入っておろう? 開けてみるがよい」
カバンの中をのぞくと炊飯ジャーくらいはありそうな大きな革袋がすぐに見つかった。
言われた通り開けてみると、中にはぎっしりと魔石やお金が詰まっている。
「一カ月ほど逗留することに決めたぞ。費用として欲しいだけ持っていくがよい」
お大尽様かよ!
「うちは1泊2食付きで5000レーメンなんだ。お飲み物は別料金になっていて」
「細かいことはよい。50万でも100万でも好きなだけ持っていけ」
シエラはうるさそうに手を振ってブラッドソーセージを食べ始めた。
「とりあえず15万レーメン貰っておくね。差額は後で清算するということで」
「好きにいたせ。それよりもこの食事もなかなか美味いぞ」
「ありがとう。それは魔法じゃなくて手作りだけどね」
「ほう。酒が欲しくなる味だ。何か飲みたいのだがどんなものがあるのだ?」
お酒って、シエラはどう見ても15歳前後の少女にしか見えない。
この世界では未成年の飲酒も許されているのかな?
「飲んでも大丈夫なの? 子どもがお酒を飲むのは……」
「私が子どもとな? クククッ、私はこう見えて42歳じゃ。ヴァンパイアとしては若輩者であるが、シローよりも年上ぞ」
やっぱり、そっち系の人は若く見えるんだねぇ。
肌なんかぴっちぴちだよ。
「だったら大丈夫だね。ウチにあるのはワイン、ビール、日本酒、ラムくらいかな。これから増やしていく予定ではあるんだけど」
「日本酒とな? 聞いたことのない種類の酒よな」
さすがのヴァンパイアも異世界の酒は知らないだろう。
「お米から作るお酒だよ。俺の故郷の酒なんだ」
「ふむ、面白そうじゃ。それを一つ貰おうか」
俺が作ったのは自分の好みの純米酒だ。
火入れをしていない生酒でフルーティーな味わいが特徴だった。
「ゴクウ、貯蔵庫から日本酒のツボを取ってきて」
ゴクウに用事を言いつける俺を見て、シエラの表情が少しだけ曇った。
「そなたも眷属が使役できるのだな……」
「眷属というか、俺の作り出したゴーレムなんだけどね。シエラの言う眷属ってどんな感じ?」
「ヴァンパイアは目ぼしい者に自らの血を与えて己の眷属にすることができるのだ。そうやって力の一部を与える代わりに忠誠を誓わせる。だが、そのためには直接相手の首筋に噛みつかなくてはならないからのぉ……」
シエラは生理的に人に噛みつけない。
「じゃあシエラは……」
「うむ、私には眷属は一人もいない……」
なんか暗い雰囲気になっちゃったな。
少し困っていたところにゴクウが冷えた日本酒を持って戻ってきた。
「ささ、これを飲んで元気を出してよ」
萩焼に似せて作製したぐい吞みに日本酒を注いでシエラに出してあげた。
「うむ……」
シエラは浮かない顔つきのまま杯に口をつけたが驚いたように顔をあげる。
「これも美味いぞ。初めて飲む味だ」
「気に入ってもらえてよかった」
「ブラッドソーセージとの相性も悪くない。ブラッド……との相性……。シロー、そちらのグラスに日本酒とやらを注いでくれ」
シエラは先ほどまで血液が入っていたグラスを指し示す。
上部の血はシエラによって舐めとられていたが、底の方にはまだ血が残っていた。
俺は言われるがままにお酒をそこに注いでやる。
「これはいい……」
唇の端を舐めながらシエラは呟くが、その様子をみる俺は恐怖と興味がない交ぜになったゾクゾクする感情を抱いた。
「うん、思った通りだ。この飲み方はありだぞ」
ヴァンパイア用カクテル、ブラッディ―・シエラの誕生だった。
すぐに飲み干してしまったグラスにまた酒を注いであげた。
もう血液は一滴も残っていないけど、風味くらいは香るかもしれない。
「シローを私の眷属に出来たらよかったのにな……」
それは怖い!
俺は俺のモノであり、誰かのモノになるのは絶対に嫌だ。
「誰かの眷属になるのはお断りするよ。でも、この宿に泊まっている間はなるべくシエラの望みを叶えてあげるね」
シエラは少しだけ悲しそうに微笑んでグラスをつまんだ。
そして妖艶に微笑みながら俺の方へと近づいてくる。
「な、なに?」
もしかして眷属になりたくないっていったから怒っちゃった?
ジャニスみたいに丸焼きは勘弁してほしい。
俺は椅子に腰かけたまま身動き一つとれずにシエラの一挙手一投足を見守る。
こちらに近づいてきたシエラは突然横の椅子に座り、俺の肩へもたれかかってきた。
「えぇ……?」
「私の望みを叶えてくれるのだろう? 今夜は男の膝で甘えたい気分なのじゃ。少女には年に何回かそういう日がある」
アンタ、42歳だろ! とツッコミたかったが、もちろん口には出さなかった。
見た目は完全に少女だしね。
「重くはないかえ?」
俺の顎を指でなぞりながらシエラが聞いてきた。
「いや、ものすごく軽いけど……」
「今夜だけは私を妹のように甘やかしてほしいのじゃ……」
ごめん、俺にそういう属性はないんだけど……。
いや、これまではなかったんだけど、いいかもしれない!
「えーと、シエラ」
「なんじゃ?」
「もっと寄りかかってもいいよ」
「ん、いいのぉ。長い旅路の果てにこんな楽園を見つけられるとは想像もしていなかったぞよ。シローも少し付き合わぬか?」
トロンとした目つきでシエラが酒壺を持ち上げた。
たまには俺も飲んじゃおうかな。
グラム様と飲んだときみたいに酔っぱらうのはイヤだからセーブはするけどね。
「このぐい呑みを使ってもいい?」
最初にシエラが使っていた杯を手に取る。
「うむ、遠慮することはないぞ。さあ飲め」
シエラがお酌をしてくれたので、俺も冷えた日本酒を飲んだ。
やっぱり美味しい。
「シエラはいろいろなところを旅してきたんだろう?」
「うむ、ここ七年ほどは世界中を旅していたよ」
「だったら、いろいろな話を聞かせてよ。おれ、この世界には来たばかりでほとんど何も知らないんだ」
「この世界に来たばかり?」
「そう! 召喚魔法みたいなもので別の世界から転移させられてきたんだよ」
あっ、また痛い子をみる視線!
でもいい加減になれてきたよ。
「みんな信じてくれないんだけど、これは本当の話だよ」
「ほーん……ホジホジ」
美少女のくせに鼻をほじるなよ……。
「別に信じてくれなくてもいいけどさ……。それで、何か面白い場所とかあった?」
「そうよなぁ……珍しい生き物と言えば、あれは東の小国ゴルバニアのこと」
「ほんほん」
「そこで私はなんと……人狼に出会ったのだ!」
はぁ?
「なぜに驚かん? あの人狼だぞ?」
目の前のヴァンパイアに言われてもなぁ。
それを言ったらヴァンパイアだって相当珍しいだろう?
酔ったヴァンパイアは饒舌で、俺たちの話は尽きなかった。
その日はシエラと夜遅くまでずっと飲んで過ごしてしまったよ。
シエラは七年もの間一人で旅をしていたそうだし、俺も調査隊が去ってからは話し相手がいなかった。
二人とも寂しかったんだと思う。
久しぶりにいっぱい喋れて嬉しかったのだ。
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