イワオたち6体は扉の前でΛの形に並び大盾を構えて待機している。
その後ろには攻撃魔法を使える最精鋭の兵士たち8名が控えて準備は万全だ。
残りの兵士たちは堀に沿って祠を取り囲み、4つの櫓にも兵士たちが3名ずつ登っている。
ついに堀にかけられた橋も外された。
「これよりダンジョン突入作戦を開始する!」
レインさんが合図を出すと、斥候兵の二人が扉を開き部隊の後ろへと回り込んだ。
金属の軋む音を立てながら扉は内側に開いていく。
「……」
全兵士が固唾(かたず)を飲んで見守っていたが、特に変化は起こらない。
俺もほっと息を付きかけた瞬間だった。
巨大な二体の獣が扉から飛び出してイワオに襲い掛かった。
大盾に攻撃を阻まれこそすれ、イワオ1号は後ろにひっくり返ってしまう。
500㎏を持ち上げるイワオがパワーで負けただと?
「落ち着いて攻撃を開始しろ!」
精鋭部隊だけではなく櫓の上の兵士たちも攻撃魔法を打ち込んでいく。
突進をイワオに阻まれていたモンスターは半包囲された状態で魔法の集中攻撃を受けて、なす術もなく大地に沈んだ。
「撃ち方やめぇ!!」
レインさんの命令に再び静寂が訪れる。
倒れたモンスターは真っ黒で巨大なオオカミのような外見だった。
だけど全長は4m以上もあるぞ。
はっきりいって震えが止まらないよ。
あんなのに襲われたら俺なんかひとたまりもないだろう。
攻撃を防いだはずのイワオの盾にはくっきりと爪の痕がついていた。
鉄製の盾をえぐっているんだぜ。
いくら財宝のためとはいえ、こんなのと好き好んで戦う人間の気が知れないと思った。
「男将、ゴーレムたちの態勢を整えさせて、前進させてくれ」
足が震えてうまく声が出ない。
思わずすぐ横にいたグラム様の腕を掴んでしまった。
「ご、ご、ご、ごめんなさい。あ、あ、あ、脚が震え……震えちゃって……」
グラム様が戸惑いながらも俺の手を握りしめてくれる。
「だ、だ、だ、大丈夫か?」
なんでこの人も声が震えているの?
「すみません。つかまっていないとうまく立っていられないんです」
我ながら情けないと思うけど、猛獣が襲い掛かってくる以上の恐怖だよあれは。
ライオンやトラより大きいんだから。
一般人だったらとても耐えられない衝撃のはずだ。
何とか一歩を踏み出そうとしたけど、うまくいかなくてよろめいていしまった。
「おっと!」
反対側からレインさんも支えてくれた。
「……」
両腕から胸の感触が伝わってきて、別の興奮が恐怖の記憶を上書きしてくれる。
勇気100倍だぁ!
「イワオ、隊列を組みなおせ!」
二対のお胸様に力を貰い、何とか勇気を奮い起こす。
命令どおり再びΛ字に隊列を組んだイワオたちは、扉のすぐ前まで前進した。
イワオのすぐ後ろでは斥候兵が魔導カンテラという懐中電灯のような魔道具を使って祠の内部を照らした。
「扉内部、敵影なし。室内を確保します!」
「了解! 男将、そのままゴーレムたちを扉の中へと進ませてくれ」
すぐに堀には橋がかけられ兵士と士官たちが祠の内部へと移動した。
「落ち着いたか?」
俺の腕を胸の谷間に挟みながらグラム様が聞いてくる。
「はい。だけど、もう少しこのままで……」
せっかくの機会ですから……。
「では、我々が支えていよう」
反対側から抱きとめていてくれたレインさんもそう言ってくれた。
二人ともちょっと顔が紅潮しているね。
もちろん俺もだけど。
「よし、このまま祠の方へいこう」
えっ?
ちょっと待って。
「わ、私も行くのですか?」
「うむ。男将が一緒でないとゴーレムに命令が出せないからな」
えーと、レインさんのおっしゃる通りなんですけど、心の準備が……。
「安心しろ。我らがついている」
グラム様、胸に挟んでいただけるのは嬉しいのですが、ダンジョンの中は怖いのです。
それでも、二人に引っ張られる形で俺は橋を渡った。
もしかして下に見えているのは三途の川か?
渡ってはいけない橋を渡ってしまった気がしてならない。
扉の内部はエントランスホールのようになっていて、奥の方にまた扉が見えていた。
あれを開けたら再びモンスターが飛び出てくるのかな?
イワオたちを二列横隊にして扉の前に立たせた。
その間に調査隊は再び準備を整える。
「あの、自分はどこまでお供をすればよろしいのでしょうか?」
てっきり祠の扉を開けるまでが自分の仕事だと思っていた。
「怖い目に遭わせてすまないと思っている。だが、男将のおかげでこちらの死傷者は今のところ0だ。報酬なら追加を用意するからもう少し協力してもらえないだろうか? ねえ、グラム様」
「うん」
断固として3Pを要求したいぞ!
そんなこと自分からは絶対に言えないヘタレな俺だけど。
そしてハッキリと断ることも出来ないのが俺の悪いところでもある。
「わかりました。でも、もう少しだけですよ。もう、おしっこが漏れちゃいそうなくらい怖いんですからね」
正直にそう告げるとグラム様もレインさんも頬を染めていた。
兵士たちの準備が整うと次の扉が開かれた。
その先にいたのはトカゲのようなモンスターが5体。
見た目はインドネシアに生息しているコモドオオトカゲを一回りくらい大きくした感じで非常に怖い。
のっそりとした外見なのに動き出すととんでもなく素早かった。
イワオたちが盾で防いでいる間に兵士たちが物理・魔法の両方で攻撃を加えて殲滅したからよかったけど、防壁をすり抜けてきたらと考えると本当にちびってしまいそうだったよ。
「室内を確保ぉ!」
「確保ぉ!」
石壁に兵士たちの声が響き渡っている。
扉の先は50㎡くらいの部屋で下り階段が見えていた。
「男将、階段の周りにゴーレムを配置してくれ」
恐怖にぼんやりしていたけど、レインさんの声で我に返った。
そうだ、ちゃんと階段を塞がないと新しいモンスターが上ってきてしまうかもしれない。
「イワオたち、階段の周りを取り囲んで防御態勢!」
ダンジョンってさ、入ってすぐの場所だと弱い魔物しかいないものじゃないの?
俺がやっていたゲームではそうだったぞ!
「なんか、いきなりすごいモンスターが出てくるんですね」
密着したままのグラム様に聞いてみる。
「うん? 今のは比較的弱いモンスターたちだ」
反対側のレインさんも頷いている。
「奥に行けば行くほどモンスターは強くなるぞ」
あれで弱い方なの!?
「準備が整いましたぁ!」
下士官がグラム様に報告してくる。
「よし、行こう」
えっ?
「男将、ゴーレムたちに階段を先行させてくれ」
それはいいんだけど、やっぱり俺も行くってこと?
「……」
「安心しろ、私たちが男将を守る。こう見えて私とダイアンの魔力は部隊の中でも並外れている。二人の間に居れば大丈夫だ」
珍しくグラム様が長文で励ましてくれた。
「……わかりました」
やっぱり流されてしまうダメな俺。
イワオに命令を下し、兵隊さんたちの後ろからついていったんだけど、途中でやっぱり気分が悪くなってしまった。
だってさ、酸素濃度が薄いっていうの?
変な匂いが充満しているし、体に悪そうなガスが漏れている感じなんだよ。
瘴気って言うものかもしれない。
「グラム様、俺……限界かも」
サーッと視界が黒く覆われた気がして膝をつきそうになってしまった。
失いかけた意識の中ですぐ横にいるグラム様の叫び声がやけに遠くから聞こえる気がした。
「シェリル、来てくれ! 男将が!」
ああ……吐きそう。
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